非・不惑。すなわち惑いっぱなし。

おかげ様で、不惑たる、40歳を迎える事ができました。ありがとう世界。ありがとう世間様。いや、本当に、ありがとうございます。
20歳の頃はこうやってちゃんと生きて世帯をもてるなんて、ましてや職を持って世の中に僅かながらにも貢献できるなんて全く思ってませんでした。20歳当時は「芥川賞取るか、さもなければ野たれ死だろう。全うに30代を迎える事はない」位に不遜な事を思ってた糞生意気な若者でした。そしてその通り全うに30代は迎えられませんでした。放蕩無頼に憧れていたのです(でも賞とか権威による承認欲求あり)。もう、そんな年齢は当に超えました。この10年で僅かながらも全うな「人の道」に入れるとは…。大事にするべき、周囲の皆様や自分の責任についても少しは解ってきたと思います。・・・もう少し早く大人になっておいたほうがいろいろ楽だった様に思いますが。だけど、まあ過ぎた事はいいのです。苦労含めて、我が生涯の彩りです。(自分が大人になれぬが為、迷惑をおかけした方には幾らお詫びしてもし尽くせませんが・・・。)
そうか、大人になってからも20年が経ったのか。未だ大人になった記憶が無いぞ。
何はともあれ、今後も精一杯、誠心誠意、身を尽くし、この環境、偉大なる世界、ご縁あった皆様を少しでも幸せなものにするべく、今後も楽しんで、時に努力して、たまに堕落して、不惑らしからぬ惑いぶりにて、「人らしく」生きてまいります。
30代は、家族や(身内の)病、創る、という事と真剣に向き合う10年でした。40代、次は何と向き合うのでしょうか。何が来ても、引き受けます。
写真は、祝っていただいた皆様からのケーキ。上に載るのは「40」の文字。僕にとって40という数字は大きな意味を持ちます(ね、大学同期の皆様)。本当に、ありがとうございます。
そして自分の誕生日の事ばかり言うとったらあかん。同日、結婚記念日なんだった。忘れて(略)。こちらもこれで13年目。自分が大人になりきれない事で一番迷惑を蒙ってるのは他ならぬかみさんである。ごめん、本当にごめん。

ヘアピース 言うなればカツラ。

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年齢的に、髪の毛が薄くなってきた昨今。バレンタインに嫁様からヘアピース(部分かつら)を頂きました。最近、といっても半月くらい前ですが。毎日装着してますが、あまり見破られてはいないようです。最近の技術はすごいなぁ。ちょっと懲りだして、若い頃に出来なかったヘアスタイルをヘアピースで楽しみ始めようかと思ってます。
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そして更にに引き続き。バレンタインでは嫁様以外からも、今年は「TENGA」を頂きました。知らない人はお友達に聴いてみよう!

大人ってなんだろう

Dream of the Sirens
25歳のときに「大人ってなんだろう」と思った。30歳のときにも「大人ってなんだろう」と思った。35歳になっても思った。多分このまま行けば40歳でもそう思う。きっと、50歳でも60歳でも、80歳でもそう思うんだろう。それが人生か。
それは大人になる事を拒否するわけじゃなく、「僕は大人になった」と自覚できる程に感受性を鈍磨させたくないということ。30代後半になってもこういう事言ってるから気持ち悪い中年になるのだ。Fuck!

卒業論文

僕が大学の卒業論文を書いてた頃にはまだネットがなく、今で言うコピペ問題は存在して無かった。もしネットがあったとしても「俺の話を聞け!」衝動の強い僕は多分コピペせず自分の思いを論文に叩きつけてた事だろう。
 実際にそうやって、原典も見ないでただ3日間で下書きもせず100枚書いた結果「貴方の書いたものは論文ではなくエッセイです」と教授に酷評された(実話)。それでも通してくれたけど。氷室先生元気かなぁ。そりゃ論旨もなにもあったものじゃない。若かったとはいえ、よく出せたな。因みに研究対象はヘミングウェイでした。
未だに、論文の書き方がよくわからない。ふとそんなことを思い出しました。

ブログを書く理由

五階から。
そもそも僕はあまりしゃべるのが得意じゃない癖に強固過ぎるほど強固で鬱陶しい自我が年甲斐も無く存在している。これはもう自分でも「自我を捨てて、成長しなきゃいけないな」なんて大人びた観想を持つレベルではなく、「死ぬまでこの状態と仲良く付き合わないといけないな」と諦念を感じているレベルであり、それゆえに僕はこのブログを続けているのである。ひたすら書いて出して、「人目にちょっとだけつくチラシの裏」であるこの場に自我すなわちエゴを出し続けていないと死んでしまうのである。糞詰まり的なヤツだ。
あまり記する事でも無いので伝えては来なかったが、社会人になってからこれまでにも数回「ブログを辞めろ」とか「こんな事ブログに書くな」とか、それなりに地位のある方、権威のある方からご指摘を頂いた事があります。あります、というか多々あります。
それでも、僕は書き続ける。と言うと美談になりそうですが、そういうわけじゃない。筆が止まらないんですよ。もう病気の状態。誰かに止めろと言われても、はいそうですかと辞められないのです。もし上司から「明日からお前ウンコしちゃ駄目」と言われても言う事聞けないじゃないですか。そういうことです。
で、延々と13年間書き続けているのですが、この事について2点。
一つは、もうとても一般的に認知されている事とは思いますが、改めて。
ブログなんて小さい記事(それこそチラシの裏)ではありますが、個人が表現して誰かに伝える環境を整えられていると言う事の重大な意味をしみじみと考えるのです。
ブログに限らず、TwitterでもFacebookでもいいのですが、誰かの目に留まりやすい環境に個人が意見を発する、その事の重要性と効果、その逆の危機感はもっと感じてもいいんじゃ無いかと思うのですよ。
マクドナルド「ツイッター・LINE・2ちゃんねる禁止」全国店舗通達
「進むべきか、止めるべきか?」 続・ソーシャルメディアの普及に伴い情報管理問題が表面化
組織はどんなに個人の口を塞ごうとも、それはもう無理な話。ぎりぎり「不利益を与える発言は禁じる」という曖昧な規程で留め、あとは組織という集団の暗黙のルールで「変なことやるなよ。その『変なこと』てのは雰囲気で決めるからな」という場の空気を読ませる組織作りくらいしか手は打てない。
とはいえ、個人の立場はなかなかにして弱く、結果としてtwitterやblogでの発言は「空気を読んだ」モノに偏るのも事実。個人の意見を尊重した政治的発言、宗教的発言、社会運動的発言はなかなかしにくく、結果として「ご飯の写真ブログ」「猫の写真ブログ」「綺麗な写真ブログ」が並ぶ状態になるのですよ。
その状態に、僕はとっても違和感を覚えるのです。
あなた、会社員の前に個人だろ!紐づいた思想があんだろ!こっそり友達に相談してる事とかあんだろ!ブログに出せよ!俺に見せろよ!とスクールウォーズ張りに体罰一歩手前まで追い詰めたくなるのです。ただの嫌な人です。
もちろん僕もそこまで社会的な発言をしているとは思ってませんが、(例えば労務的な問題とか、賃金体制の問題とか、税法上の問題とか)書きたい事があれば、いつでも書ける準備はしてあります。もちろん、後は覚悟の問題ですが。
個人の心情、立脚点に立った意見、発言。そしてそれを議論するコメントの場。(公表された場所で)
それがブログの大事な機能なのでは無いでしょうか。
これを追求すると、あきらかに企業は情報漏えいに対するガードに頭を悩ませなければなりませんし、またアジテーションの得意な方がブログを書くと部署が一斉にそちらの意見に刷り込まれ、組織上の上位下達の仕組みとは別に暗黙の集合意思が生まれ始め、全社としてのピラミッド型のコントロールも相当難しくなっていくものだと思います。いや、これから先、もっと難しくなるものと信じてます。現場は、経営の隅々まで知っていまう。それに意見も表現できてしまう。そこで議論する事も可能。これを会社の健全な成長とみるか、既得システムの崩壊と見るか。
でも、それも味方につけてマネジメントしなければいけない世の中なんですよね。良くも悪くも。少なくとも、ロジカルにものを考えて文章化する事ができ、更にウィットに溢れて感動させる文章を20~30分で書いて公開できるようなスキルを持つ人がマネジメント側に居ないと、このあたりは対応が難しくなると思います。
そしてそれは「受け入れる」「いや禁止する」という議論じゃなく、こういう世界に生きてるんだなぁ。ということ事態を受け入れるしかない、のだと思います。40代以上はまだアナログだから新聞とニュース文化で大丈夫なんだ、ではなく、それらの情報ももちろん手に入れた上でこういったメディアを使いこなす、という意味でね。ここも年齢格差がなくなってきました。色々と楽しみです。

新宿アイランドタワー。レディースクリニックを訪問。僕は付き添いですが。男子禁制の婦人科のため、僕は一階でカフェタイム。
そして二点目。こちらはちょっと話が変わりますが、今度は個人として書き難さを克服する話。ちょっと壁が高いぞ。
僕は知人友人大学の仲間高校の友達会社の同僚お客様上司元上司前社の社長取締役副社長から祖父母・父母までが閲覧する場所としてこのブログを設置しています。そしてアナリティクス(分析)を見てみたら、明らかに全く無接点の方々が沢山いらっしゃってます。例えば父母と、大学の友人、そして社長が目の前で4人聞いている。彼らに対してキチンと話せて、ウィットを聞かせて、愛されて、それでもコアの自分の意見は曲げないで、という文章を書くの・・・大変なの。
そう、2点目の結論は「大変なの」に集約されるんだけど、「万人、誰が見ても過不足無くバランスよく書く」というのはとても難しいのですよ。でも見られているのだからしょうがない。しかも毎日書いて無いと便秘になる。ブログを書くのは大変な肉体労働です。
もともと、書くこと自体が好きで、それを表現すること自身に抵抗が無かったのは良かったと思ってます。でも、誰かに見られている場所で、自分の本当に言いたい事を延々とアジテートする、というのは結構覚悟が居るものです。そりゃたまには「鍋美味い」とか「綺麗な夜景」とかオサレブログみたいな事もするけどさ。でもこのブログに期待されているものはそんなものじゃないと思ってます。僕の延々と自我を垂れ流した血の文章を期待されているんだと勝手に思っているので勝手に血を吐きながら書き続ける事にします。
あ。本来ならここでコメントの炎上とかに対する意見も持たなければいけないのかも知れませんが、僕ソッチはあまり気にして無いんですね。これまでの経験上、1ヶ月もすれば消えていくものだし。
結論。これからも好き放題言うからな!
そんなX-10 RoyalScamも、今日で13年と1ヶ月目。これからもよろしくお願いします。

今週のやまもと

It towers.
普通の日記です。
・新宿で友人達と服飾について相談兼会食
FacebookやTwitter上ではあちこち書いちゃいましたが、Twitteで「こんなコスプレ衣装作ってくれる人居ないかなー」とつぶやいていた友人が居たので、「うちのかみさんできるよ」とレスしたところ、お互いの意思が合致し、服を作る事になりました。
因みに今回作ってる服はこんな感じです。
こんな感じ
そのため、詳細な打ち合わせ及び採寸を行う為に新宿で依頼者の方々とお会いしました。
なんだかんだとぼちぼち会ってる方、2年ぶりにお会いする方といらっしゃいましたが、久々でも会話が弾み、楽しい時間を過ごせました。最近の若い子はカラオケボックスに入り、歌わないでランチするという技法があるんですね。確かに個室で静かな環境ですし、何を話してもいいという安心感はありましたが。
そんなわけでうちのかみさんは今週一生懸命お裁縫してます。
因みに僕がその打ち合わせに参加した理由は今をもってわかってません。ただの付き添いです。更には採寸や下着買うときは追い出されてるし。
・最近の読書事情
もう、古い本読むの疲れた。
iPadminiを購入してから、青空文庫に少しはまっておりまして「おおこれが電子書籍か」と思いながらぼちぼちと書籍サーフィンを楽しんでおりました。みんな大好き泉鏡花や魯迅、新渡戸稲造など近代文学の方々を片っ端から乱読し、時間を潰しておりましたが、まあ読みにくいことこの上ない。昔は泉鏡花なんて味わい深く楽しんでいた(フリをしてた)くらい、近代仮名遣いには慣れていたつもりなのですが、いやー、5~6年も遠ざかってると、読み込むのにえらい時間掛かるようになりますね。
でも、小説自体は骨子がしっかりしてるし、美文の集合体である事は変わりないので、ゆっくり味わいながら読んでいます。
それと同時に、文体で疲れた僕の頭を癒す読書として





などなどぼちぼち読んでます。風呂はいって一冊、寝床で一冊、ペースでのんびりやってます。
内容については改めて書く場を設けたいですが「残酷な世界で生き延びるたったひとつの方法」と「ニートの歩き方」「この世で一番大切なカネの話」は3冊とも非常にリンクしており、今僕にこの本が届いたというのは何かを示唆しているんじゃ無いかと勘ぐってしまいます。もし最近この3冊読まれた方いらっしゃったら是非意見交換しましょう。
・最近のかみさん
咳ばかりしていて健康状態に不安がありましたが、とりあえず浅田飴を舐め始めたら効果的面でした。というか浅田飴あれ何かヤバイ要素入ってるでしょ。あんなピタッと咳が止まるのはむしろ身体に危険な気がします。
その後はずっとお裁縫。結婚して13年経ちますが、お裁縫が好きだってのは、本当に最近知った事でした。まあもしこういう生産的な趣味に注力できるのであれば、それを活かせる場を与えてあげたいなぁと家族としておもうわけです。
今日はそんなところで。

雑感

赤と黒
何故僕は齢四十近くにもなって、俺のダイオウイカを見ろ、わあ可愛いホタルイカ、といった下らない下ネタを同窓の女性と一緒にゲラゲラ笑いながら会話する人生を送る事になってしまったのか。ああ!(逆ギレ)とりあえずNHKは見ていません。ドキュメンタリーは好きですが、天邪鬼なのです。一人ケーブルテレビでディスカバリーチャンネル見てます。彗星探査機すごい。

今年の抱負

 今日は成人の日でしたね。
 よどんだ天気で、皆さん大変だったかと思います。
 自分の事を未だに成人だと思った事がないのですが、これもヒトエに「成人式に出なかったから」と信じています。信じていると言うかそこに責任転嫁をして大人の責任を回避しようというずるい企みを持っています。
 19年前の成人の日(当時はまだ1月15日が成人の日だった)、僕は当時、片思いだったクラスの同級生と一緒に僕の下宿で試験勉強をしていた。二人、一つのコタツ机に並んで勉強していたのは、いい思い出だ。勉強は所詮一人でやるモノ、二人でやって身につくものは何も無いと思うが、その時も僕はただどきどきしてるだけで勉強した内容を全く覚えていない。とりあえず二人でフランス語の辞書を引き合った事だけ覚えている。
 実家に戻って成人式に参加する事も無く、僕はただ青春の一日を過ごしていた。甘酸っぱくも、淡い時間。そうして僕は、成人になるけじめに参加することなく、未だに青春の日々を引きずったままの中年になってしまった。僕にとって成人の日は、その子との試験勉強の思い出だけだ。東京都保谷市にある下宿、コーポしらかば。気持ちのいい冬晴れの、昼下がりの事だった。
 そんな19年前を経験し、未だに僕は成人の日の報道を見ると、その時の事を思い出す。世間の式典に参加する事も無く、ただ個別に淡いストーリーを紡ぎ、二人だけの世界に埋没してた。僕の非社会性、閉鎖的自己性は、こんなところに端を発している。
 まあ、そんな話はいい。過去を振り返っていても仕方ない。
 今日は、僕の「今年の抱負」
 あまり抱負や目標、というものを立てること自体が得意じゃないし、また好きじゃない。それは、ある「目標」に向かって何か行動を起こす、ということに不向きな事を意味する。
 不思議に思われる方も居るかもしれないが、僕は「目標」という言葉が苦手だ。
 目標に向かって頑張る、達成するために尽力する、そういう生き方に、あまり興味が持てないのだ。
 じゃあ、一体どういう生き方をしているのだ?と言われるだろう。僕はいつも「ただ毎日、自分の価値観を外れないように、その日その日を生きる」ようにしてると答える事にしている。
 イメージとしてはこうだ。
 僕は、この世の中を広大な海のように捉えている。
 海には、もちろん波もあれば、潮もある。
 それなりにたゆたっていれば、どこか新天地にたどり着くかもしれない。着かないかもしれない。
 目標を立てる人、というのは「今年中にこの海を越えてあの島にたどり着く!」と決める人だ。そして、実行としてそのために泳いだり船を漕いだりと、行動を起こして達成に向かう。
 僕はそれ自体全然否定しない。大変素晴らしい事だと思う。
 誰も見つけたことの無い新大陸を見つけるぞ、と大海原を漕ぎ出す人も居れば、今年はこの湾を渡りきろう、と堅実な目標を見据える人も居る。
 その中で、僕はちょっと違う捉え方を、してしまうのだ。
 海は、広い。そして波と潮が有る。
 この中では、僕の泳ぐ力、僕の持つエンジン、風を読む力、なんてものは、本当に些細なものだ。いくら泳いだって、潮の流れが向く方向にしか、流されない。
 じゃあ、僕はどこにたどり着こうと言う目標は立てない。それは、潮と波が決めること。僕はあくまで、沈んでしまったり、死んでしまったりしないように、日々の身なりをしっかりする事。そして天気を読み、災難を回避する事。そして大事な事、誰かと一緒に出会ったときは、その人と共に漕ぎ出してみる事。
 その中で、僕は将来、新天地か、南国の島か、極北の地か、あるいは大海原のど真ん中か、どこか「ご縁」のあるところにたどり着いて、そこで暮らせればいいと思っている。行きたいところは、決めてない。目的地を決めることは、大海原に逆らうことを意味し、僕の中で「不遜」な事とさえ思っている。
 僕にとって大事なのは、日々を安息に生きること。そして義理とご縁を大事にする事。そしたら、世の中の流れ、潮流が、きっと僕をあるべき流れに乗せてくれると信じているのです。自分で流れに逆らって泳いだりする事はしないし、流れに逆流した目標を立てたりすることもしない。あくまで、どこに行くかはお天道様が決めることだと思っています。
 そんなことをベースにして。通底認識とした上で。
 そんな僕の、今年の抱負「チャレンジしない。飛躍しない。」です。
 「また山本は(以下略)」「もういい大人なんだからそういう捻くれた事は(以下略)」「そういう目立ち方を狙うのはあまり(以下略)」というお叱りの言葉を沢山頂きます。ええ、解ってます。解ってます。
 でも、僕は今年、そういう抱負を持ち、活動していく予定なのです。
 どうしても新年の抱負、というと「チャレンジ」「飛躍」という言葉が並びます。うん、みんな前向きで、とてもフレッシュな気持ちに溢れた大事な抱負だと思います。
 でも、僕はそこに疑問を感じてしまうのです。
 飛躍するためには、一度しっかり踏み込まないといけない。今年一年を掛けてしっかり踏み込む事で、次の1年に飛躍する距離を広げたい。3ヵ年計画くらいで、そういう考え方があってもいいじゃないか、と思っているのです。
 そして、去年僕は、踏み込みが充分だったとは思っていない。このまま飛躍しようとすれば、ちょっと脚力の足りない、弱い飛躍にしかならないだろう、という気がしています。
 そう、僕は3カ年計画で「チャレンジと飛躍」を考えています。その中での今年は1年目。そこでは、芋虫のように栄養を溜め込み、チャレンジの方向性、方針性を決める時期でもあるのです。
 チャレンジしない、と言っていても、今年も既に5つの試験を受ける事を決めていますし、友人と大きな挑戦を踏み出す可能性も持っています。一般的に見たら充分なチャレンジと受け取られるかもしれませんが、僕にとってこれらは「飛躍のための仮説と検証」を繰り返す期間だと考えています。
 受ける予定の試験は、今も学び続けている中国語についてのもの、そして、これから始めるある国家試験的なもの、です。
 中国語の試験は、受けること自体は決してチャレンジじゃありません。日々の生活を淡々と、そして耽々と過ごす中で、身についたものをチェックするだけの事です。むしろ、合格して認定されたら、その後こそが人のお役に立てるかどうか、チャレンジになると思います。それは、多分あと1年はかかるでしょう。
 もう一つの国家試験は、これもこれからの自分を見据えて身につけたいと思った方向性のものですが、こちらも今年中に合格しようという気はありません。今年中にベースを築き、次の年に合格を狙う予定で進めています。

 因みに、昨年末に受けた中国語の試験、なんと満点で合格しました。ちょっと嬉しい。皆様ありがとう。このペースで今年も着々と進めていきたいと思ってます。
 その意味では、どちらもチャレンジというよりは、日々の生活の延長上にある実験、という段取りです。
 もう一つの、友人との大きな挑戦も、どうなるかわかりません。これもご縁が決めてくれることです。海の潮流が僕を大きく流してくれて、羽ばたかせてくれるのなら、それは抱負とは関係なく、僕は飛翔するつもりでも居ます。こんな抱負でいいのかしら。
 今年は、しっかり根を掘る年。30代の最後にあせらない。40代をしっかり迎えるにあたって、僕は今年を落ち着いてすごそうと思っています。皆様、よろしくお願いいたします。
海のたとえが出てきたので。
今年の抱負の基となるのは「G.T=Grand tourismo 大航海」です。
坂本龍一から一曲。

新年と老いと

 今年も343/365即ち47/50ほどになってしまいました。早い早すぎる。明けましておめでとうございます。
 今年になってからもう様々な皆様と一緒にお寿司食べたり天ぷら食べたりカラオケBoxで延々と森ガールをdisったり大学同期の新年会で子供たちと戯れたり親類縁者の皆様と会食してちょっとネクタイ締めて長兄っぽいそぶりをしてみたりちょっと仕事してみたりといろんな事をさせていただきました。もう今年満足。一年分楽しんだ。2013年終わってもいい。
 今年になってから人に会う機会が増えました。そしていろいろ考えさせられる機会も増えました。ほんの12日ほどなのに、ここまで約束ゴトの入ってない日がゼロ。必ず誰かと会ってお話をさせてもらってます。いや、本当にここまでアクティブな正月ってこれまでなかなか無かったよ。この年齢になってもまだまだ人恋しいロンリーボーイな僕としては有難い限りです。
 そんな中、ずっと僕が通底して今思っている事があります。
 とてもシンプルな事ですが、「これから、あと何して生きていこうか」ということ。
 いや、ね、これを紐解くといろいろ自分の恥も晒さないといけないのですが、まあこのブログはこれまで14年間僕の恥を晒す為に作られてきたものなので、今更気にしないで書き続けます。
 この問題の根底を簡単に言うと「老化」。
 もう、ね、去年の年末、忘年会連続コンボあたりから自覚し始めたのですが「お腹いっぱい食べると下痢をする」
 そうなんですよ。これまでラーメンと言えば大盛り、丼モノは1.5杯、居酒屋に行けば最後の一つまで食べ尽くして大量消費、という飲食行動が好きで、常に大食漢を気取ってきました。沢山食べられることが人としてのパワーの源である。僕の超人強度は1000万パワー!強大なパワーで圧倒する!という事を基礎通念として考えてきた僕にとって、消化できる量、即ち食事できる量が減っていく、というのは僕自身の存在の否定なのです。僕の消化器たちも、ついに消費量を下げはじめ、身体としての成長ピークを越えて、下降線に入ってきました。沢山食べて、沢山寝て、沢山いたす、という脂ぎったパワフルな肉食エロ中年を突き進もうと思ってた僕にとって、人生プランを改めて考え直さないといけない大事件なのです。
 これ、実際に経験してみると、とても恐怖なんですよ。ああ、ついに僕の身体にも「老い」が忍び寄ってきた、ということを経験する初の事例です。頭がはげてるのは老化ではなく生まれつきです。
 いやもちろん、僕以上の年配の方はそれこそ、みんな経験している事だと思うのですが、まさか「万年子供・万年児童」を自称する僕もそうなるという日が来る事は全く想定してなかったのです。
 身体は、確実に、老いていく。
 これからはもっともっと食が細くなり、「あー、お腹一杯!」の、あの満足感を得る事が難しくなっていく。
 多分、これは睡眠や性欲に関してもそうなるだろうな、という事も想像がつく訳ですよ。若い頃のような充実した睡眠が取れなくなる、満足いくような性交渉ができなくなる、そういう事もリアルに直近の未来だと感じる訳ですよ。皇潤やバイアグラが一斉にFacebookの宣伝欄に並ぶ図が想像できるわけです。
 いや、ね。でもその反面、正直、プリミティブな意味では、やりたい事について、満足もしているんですよ。
 北陸生まれ北陸育ち、美味しいモノはこれまで十分食べさせてもらってきたと思うし、(昨年に関して言えば)もう眠りたいだけ眠って、満足するほどの休養も与えられました。性欲について言えば・・・うん、ここは両親も同僚も上司も友人も様々な人が見てるブログなのであまりリアルな言動は憚られるかもしれないけど、一番欲求の強かった年代に、結構満足する人生を歩ませてもらいました。現在については言及を避けさせていただきます。
 もちろんそういう根源的欲求はこれからも、恒常的に「食べたい寝たいしたい」という気持ちはエンドレスにさざ波の如く繰り返されるものだと思います。でも、一番身体的に鋭敏で気力が充実している間に、それなりに満足のいく事をさせてもらえた人生かな、と、未だ40前ではありますが、感じているわけなのです。このまま身体能力が下降線に入っても、まあそれなりに満足かな、と。
 そこで、初っ端のお話「これから、あと何して生きていこうか」に立ち戻ります。
 プリミティブな欲求はある程度満足する前半時代を送ってきた。そして、これからはどんどん肉体的にも頭脳的にも年老いていく。じゃあ、これから何を「してみたい」「成長したい」と考えながら生きるべきなのか。
 もちろん自分の欲求を果たす為だけに生きてるわけじゃない。ノブレスオブリージュ。この日本で生を受けてそれなりに生活させてもらっている身としては、何か社会に貢献せねば、何かを成し遂げねば、とは思うわけでありますよ。こんなしょぼい身なりではありますが。
 もちろん、仕事をする中でどのようなライフプランを描くのか、も、とても大事ではありますが、もっと根底的に。僕はプリミティブな欲求の上に、何をするために生きているのか。オトナとしてとっても当たり前の人生指標ですが、ココに来て改めて考え直してしまったのです。

 この前、一緒に天ぷらを食べたK間さん。
 僕らがこれまで培ってきた、重ねてきた経験値について考える事ができました。

 この前、一緒にお寿司を食べたT柴さん。
 これからの僕らのライフプランについてとてもじっくり話し合う事ができました。

 実家に戻って参加した新年会。
 僕が属してる環境、支えてくれている家族、一族について、演じなければいけない僕の役割について、その立場に立って身を正す事ができました。

 大学同期生たちと集まって開催した新年会。
 身寄りのないこの関東の地で、長年の信頼を築き上げてきて、今や友人としてだけでなく、ビジネス展開的な意味でも冠婚葬祭的な意味でも僕の人生に重要なポジションとなっている仲間たちが数多く居る事に勇気付けられました。
 そう、これからは自分の身体が下降線に入っていく事を計算に入れたまま、成長曲線を描いていかないといけない。そしてそのための環境を作り、戦っていかないといけない。 皆様といろいろお会いしてお話しする中で、そんなことを考えていたのです。
 老い、は、はっきり言って恐怖です。特に最近はじめて身近に感じたものとしては。
 でも、同時に、これまでの経験もあれば、これからを明るく照らしてくれる仲間もいる。彼ら彼女らと、僕は何をしていくべきなのか。少しながらも、この13日間、僕の未来は古びた肉体を抱えたままでも次に進めそうな気がしています。
 今年も、よろしくお願いいたします。

2012年に起こったこと。不惑の前の大変革。(1)

僕の故郷はとやまだけれど、こっちの「とやま」も、もう故郷化してるんだよな。通ってたの20年前だし。
 気がつくと2012年もはや年末。あっという間に一年が終わってしまいます。
 クリスマスが終わった直後に、すぐ年末の空気に切り替わる、この12/24~12/25の世の中の(特に商店街関連の)劇的変化のすごさは毎年驚愕しています。昨日まで赤い服着てシャンパンとかケーキとか売ってたのに、次の日には店舗に並べる商材一斉にひっくり返しておせちとか福引とか大掃除道具とかになってるんだよ。陳列って一瞬で変えられるんだと、毎年この時期に思います。そして雰囲気や情操といったものも、一日あれば劇的に変化させられるんだ、と。
 で、その情操。
 僕はこの一年、あまりにも早く過ぎたと感じると同時に、これまでの価値観を大きく揺るがす、個人的には「震」が起きた一年でありました。2012年と云う一年そのものがゆっくりと地殻変動を起こすような。そろそろ不惑が目の前に見えてきたというのに、改めて惑う感じ。
 それはともあれ、この一年におきたことを、いくつかまとめておきたいと思います。個人的な事象ばかりで読んでる人はつまらないと思いますが、今回から数回続けては、僕自身の備忘録として。
1・曳山を曳いた。夢が叶った。
曳山
 まず何を差し置いてもこれを外す事はできない。自分にとっての一大プロジェクト、一大夢が叶った、というのはとても素晴らしい体験でした。
 Links to 長年の夢
 これは、努力の末に叶う、とか、綿密な計画の上に達成した、ということじゃないところに意味があるのです。資格試験や努力の上の賞ということでなく、「全てがご縁として偶然に成り立って達成したもの、そしてそこに自分のこれまでの人格的な対応が重なったもの」というところに意味があるのです。
 通常、夢といえば、何か努力をする→達成する。ということで叶うことが多いと思います。プロ野球選手になるもそうだし、漫画家になるでもいいですし。
 でも僕は曳山を曳くための努力なんてものをしたことが無い(そもそもそんな努力はした人いない)(曳く事が決まってからは筋トレしたけど)ですし、努力する方向性すら見出せなかったけど、それでも僕にとっては夢だったのです。うーん、この辺のニュアンス、どう伝えればいいかなぁ。
 でも、そこが大事。「人間、努力なんて1割も差がつかないし、夢に近づかない。大事なのはご縁と恩」という僕のポリシーを真っ向から肯定してくれる夢の達成っぷりだった事が大事なのです。
 自分自身のご縁、周りの皆様への感謝、そして地縁、嗚呼僕は富山県とはどうしても切り離せない何かを腹の中に持ってしまっているんだなぁ、ということを感じた、「2012年10大ニュース」の一番目になるのです。(いつから10大ニュースになったのだ)
 2・本当に良く寝た。
 参考 Links to 一日中、川を眺めていて気がついた5つのこと。
 お前は何を言っているのだこれのどこがニュースなのだ、と言われそうですが、今年に関していえば、僕は過去最大級に睡眠を貪ったと思いますし、同世代の中でもトップ5%に入るほどの睡眠を取ったと尾思ってます。ほら、僕の世代って今働き盛りですから。
 もちろんそれは身体の状態ゆえにそうせざるを得なかったの理由があるのですが、それにしても一日18時間近く寝ることを3ヶ月以上続けて、それ以降も10時間近い睡眠を取り続けていると、世の中がいろいろ変わって見えてくるものなんですよ。ええ、これは大きな価値観変動でした。
 人間いくらでも眠れる。そして生きていける。
 今年は睡眠薬なるものを使うことにもなったのですが、睡眠というだけでなく、横になって屍になったまま時間を過ごすという事、これできるものなんですねー。20代の自分に教えてあげたかったわ。ワーカホリックだった20代とのギャップにおどろくと共に、「寝ててもいいのである。起きてて努力する事がエライ訳じゃない。」という自己肯定感を改めて自覚する事ができました。
 ・・・さっきから努力否定の怠惰礼賛みたいですが、うん、まあ、そのまま生きてる事の有難さと重要性を感じたという意味では僕はこの世の中の、特に仕事をしている人間の中ではソッチ向きに若干舵を切ったといってもいいでしょう。そのままでいいのである。やりたいときにやりたいだけ努力すればいいのである。そしてアホみたいに努力するときって強制されてじゃなく、出来ちゃうものなのである。
 話がそれた。寝てた話。
 うん、本当に良く寝た。かみさんが呆れるくらい。
 3・いろんな人に会った
 今年前半は時間が豊穣にあった(寝てたが)。そのために、様々な人に会うことができた。いろんな人と、利害を抜きにして、ゆっくり語ること。自分の周りでは様々な人が、様々なナニワイをしながら、生きている事、それぞれに幸せや悩みを抱えながら生きている事。自分自身が人生から途中下車をして、ちょっとベンチに座りながらそういった人々とお話をすると、とてもこれまでは見えてこなかった事が見えてくるのですよね。これも、今年一年の中の、とても有難かった側面でした。
 ・・・と並べると、確かにイベントごとが色々あったというよりは、今年一年ゆっくりと変革していった、些細な事の積み重ねが僕を変えていった気がします。
 改めて、明日以降も少し深彫りして書いてみようと思います。これだけみると大変革というタイトルが仰々しく見えますが、この先大きく変革してる事が自分でも自覚できるのですよ。