胃キャメラその後

えー、月曜日、胃カメラを飲む日だったのですが…
 飲みませんでした。
 期待していた皆様、申し訳ない。
 経緯を申しますと、あまりにストマックブレイクなため、胃カメラ開始時間の3時間前に病院に行き、如何に自分の体内で急流くだりが起きているかを説明し、状況を見てもらったところ、胃どころじゃないという事になり、採血と皮下注射と余りある薬をもらってとりあえず胃カメラ延期と相成りました。
 とりあえず身体のおかしいのは収まりましたが、胃カメラはまた2週間後までおあずけです。ご心配おかけしました。

僕に切腹は無理だ

ストマックブレイクなのです。エイクどころじゃありません。
 とんでもない痛みです。熱まで出てまいりました。でも、風邪>腹痛の連係プレイではなく、今回のは腹痛>熱発の逆コンボなのです。いたたたたた。ちょっと休んで今起きたところです(寝てなさい)。
 んー、前回医者に言って胃カメラ飲む事が決まりました(と言うか、今日やないか)が、その要因が暴れだしてしまったのではないかと思います。何も食べて無くてもきりきり痛む。トイレに駆け込んでも何にも出ない(失礼)。
 どちらにしろ、明日お医者さんに胃カメラのみに行きますので、その時に症状を聞いてみたいと思います。
 
 全然関係ないけど、ストマックブレイクって英米文学者っぽいよね。
 「ある朝の腹痛 / ストマック・ブレイク著」なんて
 違うか。そうか。

とりえが無くて

 勝負事に強いわけじゃない。
 酒も強いわけじゃない。
 歌も音痴。運動も音痴。
 風貌や体型にいたっては見ての通り。
 頭も悪ければ注意力も無い。
 手先も不器用。
 口下手もいいところ。
 特殊な技能もなければ、資格も無い。
 臆病者で、根性も腹も座ってない。
 金だって全然持ってない。
 でも、まあ、楽しく生きてるんだよね。
 不思議なもんだね。

結婚記念日

 1973年11月6日に生まれました。
 2000年11月6日に入籍しました。
 おかげで僕は僕の誕生日にかみさんにプレゼントを贈らなければならなくなってしまいました。はめられた!(まだ渡してません)
 ともあれ、気がついたら33年生きて、うち6年間を夫婦としてやってきました。今日から結婚7年目突入です。
 なんだかんだとありましたが、この6年間、一度もひとりぽっちの感情と疎外感を感じることなく、何をやっても、「絶対に貴方は間違ってない」と背中を押し続けてきてくれた事、とても感謝してます。
 夫婦の基本はお互いの役割や云々でなく、心の支えだと真に思います。
 そんな訳で所帯持ち7年目、33歳のオッサンをよろしくお願いいたします。

BlackWidow / Gollira Grip / Alan Glazer

 知らない人から見たら何のことやらさっぱりわからない英語表記ばっかりでごめんなさい。
 表題はすべてダーツの名称です。ちなみに僕の持ってるダーツのうち、メインで使っているもの3種です。
 (因みにうちには11種類計33本あります)
 昨日、またうちのプロデューサーと一緒に池袋Beeへ繰り出し、しこたま負けこんでまいりました。
 うーむ、投げ込みの量や探究心で負けてるはずはないのだが…後は勝負強さか。最近武者修行に出てないからなぁ。
 道具の相性とか、グリップとかのずれが生まれてきたのかなぁ、と思い、使ってきた歴代バレルを引っ張り出してグリップの再確認。
 ここ半年ほどBlackWidowを使ってきたのだけれど、なかなかいい感じで握りが決まらない。一年ほどしっかり使い込んでいたGolliraGripの方がいまだにしっくり来ている。飛びが綺麗なんだよね。やっぱりこっちがあってるのかなぁ。
 いやいや、道具のせいにしてはいかん、すべては腕である。
 と思いながら、またダーツのカタログ引っ張り出して次のバレルの物色に当たります…。

今までの仕事談~その1~

 どうにも、僕の今までの職業に興味をもたれる方が多くてですね、どんな事やってきたんですか?どういう仕事してきたんですか?何やってたんですか?貴方はバカですか?ハゲですか?などといろいろ聞かれてしまいます。
 ええ、確かにいろいろやってきたと思います。そうでもしないと生きてこれなかったので。
 大学を出てはや10年。その間肩書きだけで言えば物凄い数の仕事をしたと思います。器用貧乏なのです。
 そんな中、僕が今まで経験した仕事から、いろいろとご紹介をば。
 今日ご紹介するのは「ニート」です。
 それ仕事じゃないって言うな。
 1999年末、僕はとある会社を退社して、神田駿河台にある某DH社と言う会社に入社するべく入社試験を受けて無事最終面接まで進みました。とりあえず配属拠点(横浜)も決まり、そこでの仕事内容も決まりました。もう入社する気まんまんです。他の就職試験も断りました。他社の内定も断りました。後は社長との顔通しだけ、と言う意味での最終面接と言うお話で受けに行ったのですが、
 お ち ま し た。
 いやー、あの時は参りました。DH社に入社する以外の道は全て閉ざしてしまったのに、それが覆えってしまうとは。人生って一寸先は闇ですね。よく思い知りました。リスクヘッジと言う言葉を思い知ったひと時です。
 (今はその思いを叩きつけるがごとくこのDH社で暴れています。)
 てなわけで、2000年1月、ミレニアムの到来とともに一転僕は職無しの一文無しになってしまったわけであります。おまけに99年末に、5年付き合ってた彼女とも別れたので、名実ともに真の「フリー」と相成りました。外部と接点が無く、また外に出る必要性もない、すなわち今で言う「ニート」です。
 やるきなかったなぁ。正直、この間どうやって家賃を払って食費を稼いでいたのか、今でも全然覚えてません。仕事といえば時々イベントのお手伝いやったり、学習塾の先生やったり、パソコンの修理したりと細かい内職で糊口をしのいでいました。当時26歳。
 そんな中ですから、いろいろと悪さを覚えてしまうわけでして、Web制作を覚えてみたり、Linuxいじりに性を出したりと、結構技術的にはいろんな事を覚えた時期でしたね。ええ、時間だけはたんまり有って、仕事無かったですから。
 人間、仕事なくなっても何とか食ってけるもんだ(独身に限る)、と確信したミレニアムでした。結構この開き直り、今の根性にも活きてるところあります。むしろサラリーマン失格ナ方向ですけど。
 そのうちまた、今まで経験した仕事の話、また続き書きまする。その気になったら。

胃と腸その2

 胃と腸が弱いのであります。
 とおととい書いて、病院に行ってまいりました。
 レントゲンを取り、触診して、
「…」
「…」
「…」
「…胃カメラ、のみましょうかね」
 と言う事になりました。何が起きてるんだ僕の身体で。
 胃キャメラ飲むのは生まれて初めてです。どんな体験なのか、今からドキドキです。