抱負パート2

今年も2日目から編集フルスロットルで今日も5本仕上げてまだまだ夜は終わりませんドントストップミー2022ですむしろ誰か止めろ。

今年も元日から放言し放題で今年も先が思いやられる変態紳士こと僕ですが、色々誤解を招きそうなので先にお伝えします。

今年は仕事しないと言いましたが。そしてそれは本心なのですが。

仕事が嫌いなわけじゃないんです。

「もう仕事したくない」「会社行きたくない」「月曜日が辛い」みたいな心持ちではないのです。

僕仕事好きなんです。大好きなんです。

当たり前です他の人には難しいことをやって(ただ適正の問題です)人の役に立ってありがとうと言ってもらってかつ交渉によって「これがいかにこれだけの金額の価値があるか」を事前に話してその価値分の報酬をきちんと頂く、というこの行動は正直楽しくて仕方ないのです。多分、僕交渉ごと好きみたい。そして自分のやってることをいかに価値あるか説明するのが好きみたい。自分大好きだから。ぺてん師ここに極まれり。ありがとうと言ってもらって報酬も頂く。承認欲求と懐を同時に満たす。承認orお金くれない方からは距離を取る。そして僕が一緒にお仕事させていただいている方にも感謝と報酬を絶え間なく。なんて優しいワールド。

そして僕の生活も豊かになり、そして豊かになった生活の分また豊かな作品を作ってこの世に恩返しするこのループ、止めるわけがないでしょうこんなもん止めたらバチが当たります。

と、いう中で。

それでも「今できることのループの中にいたら、多分2〜3年で僕の技量が枯渇する」とどこかでアラートがなるのです。そしてそのためには、ちゃんと学ぶ時間を確保しなければならないのです。そして「感謝のループ」の外で、「自分がまだ人様のお役に立たないスキルの部分を役立つスキルにするまでのレベルアップ」を、どこかの隙間でしなければならないのです。

そのためには、一年隙間を作るくらいの覚悟が必要なんだと、今更ながらに思います。多分一般の方々は大学の4年間などをこういうところに使って技量・教養を高めていたんだろうな、と思うのですが、僕遊んでばっかりいたもので。30年経ってむしろ「技量と教養の借金」を返さなければいけない状態なのです。何故にお祖父様お祖母様が「遊んでばかりいないで勉強しろ」と言っていたか今になると良くわかります。

というわけで、個人的な気持ちとしては大学編入、もう一度学び直す時間を確保したい。人様に感謝される毎日もいいのですが自分と向き合わねばならぬ、と、まあ、ええ、そういうわけでございます。

そんな中で今日もお仕事編集三昧なのですが。言ってることとやってることが違います。我が家がハイパフォーマンスセンターと化しております。

ちなみに写真は年始に見せかけて年末です。出歩く暇がありません。

2022年抱負

さあ今年もあっという間に元日が終わりました。

多分また豪速球で一年が過ぎ去るに違いありません。

2013年から3ヵ年計画、1年計画を決めて行動しています。年齢が40を超え、会社からの強制的転籍を命じられたあたりから「あ、組織の言いなりになって振り回されてちゃカッコいい大人になれないわ」と自覚し、自分の人生に対して戦略を考える様になりました。それも、1年スパン、3年スパン、10年スパンで。

(一例:2014年の新年。この時はまだ転籍先のサラリーマンでした)

http://www.zerokai.co.jp/royalscam/?p=4241

2013-2015は「三カ年での飛躍」。それは確かに独立を指していました。喧嘩して辞めたのは事実であれ、そこには数年の段取りは仕込んでおりました。

飛躍のためには、踏み込む時間も必要だと「今年は飛躍しない!」を標榜した年もありました。

http://www.zerokai.co.jp/royalscam/?p=4181

2019-2021は「役割を果たす」でした。与えられた役割がなんであれ、それを丁寧に誠実に行う。どれだけ忙しかろうとも引き受ける。人様のお役に立てるなら。

もちろんこれはこの3年に限らないポリシーなのですが、この3年間は「役割をいただく中で、自分の居場所はどこなのか」を定める期間だったのです。

結果、何より伏木曳山祭の副総代をさせてもらった。もうこれだけで死んで良いレベルの目標達成なのですが、その他BYND講師、ディレクター、タレント、ラジオDJ、VJ、オペラでファルケ博士を演じさせて頂いたのもこの期間ですね。もちろん物づくり屋…あらゆる経験をさせて頂きました。

そしてその結果、あることに気が付きました。

「僕は人様のために何か作って納品することでお金をいただいているわけではなく、なんかニコニコと好きなモノを作ってるから巡り巡って依頼されるのだ」と。どうも日本ビジネスの根幹とちょっとずれたところでニーズがあった様です。

それを基に考えると…僕はこれまでの仕事観を変えていかなければなりません。

と、言うわけで、2022-2024、改めての3ヵ年計画。それは…「脱皮」です。

それは大きくは日本を飛び立てる様になることも意味し、今までの手癖これまでのインプットだけで「こなせる仕事」「楽にできる仕事」から脱して新たにチャレンジすることを意味し、むしろ「前の3ヵ年で求められた役割を基に、今度は自分のできる幅を自らの意思で広げる」時期と考えてます。もう50歳にもなるのに。でも良いの。僕が楽しくてやってるので、利益とか前例とかそんなの関係ないの。僕の人生なの。手癖でモノを作ったり依頼ごとに苦労するのではなく「ニコニコとパフォーマンスする」ところにニーズがあるんだな、と、3年かけて会得したのです。

そこにおいて今年の目標…これ言ったらまた波風が立つんだけど、あえて言います「仕事しない」。わあ言っちゃった。

そうです。仕事を制御するのとはまた違いますが、僕は僕のインプットの幅を広げ、教養を洗い直し、これまでのスタイルから脱皮して、ニコニコとパフォーマンスできるための時間的余裕を作るのです。仕事してられないのです。

でも何故か、こう書くと必ず「仕事が増える」流れになることが多いです。不思議なもので。みんな僕の文脈ちゃんと読んでるんだな…

そんな3ヵ年の1年目。今年も目標行ってみます!

●筋肉と健康(数値目標:体重65kg / 体脂肪率20% / 不摂生からなる大病せず / 髪の毛3000本増やす)

10年間一回も達成してないのですが、もう、書いてあることに意味がある。

●けんかやま今年も曳く。(2年連続疫病のため延期)

はよ曳きたいがこればっかりは穏やかに、みんなが笑顔になる時まで耐えるのです。慌ててはいけないのです。なんと言っても神事です。

が、今年はもう流石に…曳きたいです。僕はこのために生きているのですから。

●海外進出の足場を作る(3年目)英会話学ぶ。コスト100万投下する。

今年は外に出られる予定ないので、世界の動きを読んだりオンラインで商談できるようにする準備をしたいな、と。仕事しない時間をここに投下しないといけません。

●今年も3本仕上げて応募する。

今年もじゃない、今年「は」だ。

もうそもそも人生の目標を履き違え始めてきたぞ。僕

●徹底的にインプットする(小説:新書除く100冊、映画100本)、そして見たものをちゃんとメモにてアーカイブする。

もうこれは日常にすぎません。

目と耳を良くし、知識を身につけることにちゃんと向き合います。ほら仕事してられない。

●自分のアート映像作品を3本作る。

そうなのこれも大事なの。ややこしいけど僕の仕事は「人様から頼まれたこと」ではなく「僕がニコニコとモノを作ること」なの。そのためにはこれが必須事項なの。

●自分のアウトプット環境(ブログ、Youtube、Vimeo、Note、ラジオ、展覧会、講演会)を更新し続ける。年間100本達成する。

騒ぎ続ける喚き続けるそれが僕の生きる意味。鬱陶しくて常識人が皆顔をしかめることこそが愉快犯としての僕の生き様。出せば出すほどニコニコする僕。80年代ハリウッド映画における爆弾魔の如し。

●楽器と向き合う。カメラと向き合う。絵筆と向き合う。それぞれ一回づつアウトプットの場を作る。

良い目良い耳、良い指先神経。そう、デジタルツールのおかげでカバーしてもらっていた部分だからこそ、再度アナログ身体感覚の研鑽に向かうのです。訓練を積むこと。この様な研鑽時間が全く取れていないため、僕の人生偏ってきたと認識しています。決して職人になれる気質ではないですが、彼らが何を考えて技術を磨くのか、その一端を垣間見ることは僕の作家人生に大きな意味をもたらします。

●常に健康、常に上機嫌

その名の如し。

●売上目標●万円(昨年対比100%)

仕事しないとは言ったものの、昨年対比を下回らない様に工夫することが重要です。

●生き抜く。永く栄える。彌く榮える。(48年間目標続行中)

もうこのあたりは曖昧で数値化しきれないものもありますが、それでも常に意識するべきものです。今年も頑張ります。