半年ぶりのVJ

半年ぶりのVJ稼業@神田ISOLDE。

みんなが想像するVJはきっと、渋谷や東京DOMEのような空間にサイネージのように浮かび上がる豪奢なインスタレーションなのでしょう。しかし僕は、いわゆるライブハウス、通称「小さいハコ」で、プロジェクターで映像を流したり、モニター10台で同期を取るような、そういう空間で継続的にVJさせていただいております。いつも御声がけくれるイベントプロデューサー、DJ AKKYありがとうね。

イベント規模が大きいから凄い、小さいから凄くない…いやそりゃ僕は全然すごくない野良VJなのだけれどもね。それでもこの「熱気溢れる空間」「数十人のお客さんと一体化する空気」「DJもVJもステージではなく、フロアに居ながらパーティする」というこの規模感がとても好きだし、楽しいし、場数をたくさん経験していることは、何よりの財産になっています。かれこれ結局この6年で、都内ライブハウス10箇所くらいで50回近く本番を経験してるんじゃないだろうか。

自前の機材だからこそ起きるトラブルや事前の確認、いろんな経験が配信や撮影の仕事にまたフィードバックしています。何より、ここで出会った方々がまた素敵で…僕の世界を彩ってくれています。(顧客が増えた、なんて野暮なことは言いません。そりゃいろいろ仕事のつながりも増えたけどさ。それが目的じゃないの)

フロアに居ながらVJする醍醐味の一つ…それは「いい演出でフロアが盛り上がったら、お客様からドリンクを一杯プレゼントされる」という仕事にあるまじきスタイル。そして盃をプレゼントされたからには飲み干すのが昭和の礼儀。今日もビール5杯テキーラ1杯ハイボール2杯プレゼントいただきました。機材の側に酒があるのは危険なのでパッパカ飲みます(それもそれで危険です)

それで4時間映像ぶん回して、これで仕事と言っていいのだろうか。

確かに「お代」は頂いた。

ゆえに、これは「仕事」かもしれない。

でも、僕はお代を目的にVJしてるつもりもなく、お客さんがたくさん入ったら「お座敷代」がポチ袋で渡されるものだと思っている。

貰わなくっても、お声がかかればいくらでもやります。

花※を頂ければ、もちろんさらに頑張ります。

そしてその花を二次会でパッと使って手元から無くす。

この人生が最高なんじゃないか。

(…今日は二次会もご馳走になっちゃったけどね。ありがとう)

さあ、楽しい人生、まだまだ続きます。

※花-うちの地元での「お座敷代」やお祭りへの「ご祝儀」の言い回し。

「花を頂く」「花を打つ」と云った言い方をします。

この言い回しが、僕は何気に気に入ってて…自分の仕事の売上も「花」という言い方をしています。

継続案件が来ると弊社では「まーたまた出ました花の御礼!目録ひとつ!」と叫びます。僕が。

この感覚、富山県西部の人間は皆わかるものと思います。

格好良く生きていきたいな

僕らが格好良い大人に憧れたように

自分も格好良い大人になれたらいいな、と思っていた。

気がついて見れば、なんのことはない。ただの中年。それも無職の子供部屋おじさんだ。

夢だってあまり無い。祭りが曳けたので僕はもう充分だ。

こんな僕が格好良い大人であるはずがない。

同時に、他者に対し「格好良く思われよう」と思うこと自体が見栄え良くない。

自分に対しては格好良くありたいけどね。

最近、若い方、それも10代の方々20代の方々から相談を受ける機会が多い。自分が親世代になってきたからか、親子同伴で同席させていただくことも多い。

どうにも「夢を叶えている大人」「楽しく格好良く生きている大人」の枠内で語られることが少し増えてきている、と思う。上記の通り、僕は僕でヒーコラ借金返して社会から爪弾きにされて泣く泣くこの生き場所死に場所についただけなのにね。

だからこそ若い方々には「これは一事例であり参考にも何もならない生き方だ」とは伝えている。

「生まれてごめんなさい生きててごめんなさい」は本当に心からのセリフだ。両親にはありがとう、だけどね。

そんな僕に、何を聞くことがあると言うのか。

そこまで、社会は混迷しているのだろうな、と思う。

未来を見据えようにも暗雲漂い、マイルストーンとなる先輩もいない。親世代さえもおろおろする。

そこでは「社会から爪弾きにされた」けれども逞しく生きてる僕の処世術はなんらかヒントがあるのかもしれない。

役に立てるものなら大いに役に立てていただきたい。

喋れないことは何もない。僕に何が起きたかも全部喋る。

その上で「大人になるのってやだな」と思われたら、うん、ごめん。僕の責任です。

同時に「夢を叶えた人」と見られることも多くなってきたが、

正直全くそんなことはない。

楽しく生きていられる、好きなことを言う、言いたくないことを言わない、やりたいことをやる、やりたくないことをやらない、祭りに参加している、これらの点だけで言えば、夢は叶ってるけどね。

何かを成し遂げようとはしない。目標達成志向、成し遂げる起業家気質的に出てくる臭みが嫌いなのだ。僕の信念、ポリシーを日々曲げずに、1日1日、死ぬまで頑なに言いたいことだけ言って生きるのみ、それだけでいいのです。

ときに、映像作家として名をなそうとは思わないのか、と聞かれたことがあった。

その時は、かみさんが間髪入れずにこう言った。

「あなたは別に映像作家として有名でもないし無名駆け出しもいいところです。でもそれで良いのです。貴方は『街のビデオ屋さん』。トップになろうとせず、目の前のお客さんを大事にすることだけ心がけてください。著名人の妻になりたいわけではないのです。」と。

僕も賛成だ。後は、みんなが僕を好きなところに連れて行ってくれると信じている。そのみんなの期待に便乗しながら、好きに生きていきます。

ちょっと酔っ払ってるかな。まあ、こんな日もあるよね。