#1dayCreatives

最近自分の思いのままに作品を作っていたら、どうにも「気が触れた」ものばかり生み出されてくる。

これを別に「狂気の発露」とか中二的なことを言うつもりはない。

ただ単に「企業案件でやってなかった表現」の中で「自分の好きな表現」を1日10分パパッと思いつくままにやってみたらただ単に気が触れていた、と言うだけのことである。

AIだって使う。なんだって使う。そこに区別も差別もない。僕が作りたいように作りたいままに表現する。面白そうなものがあればそれを使う。自分の楽器だって手書きのスケッチだって使う。歌詞だって使う。

その結果何が出てくるかは僕もわからない。とりあえず今興味あるところを絞り出した後にまた生まれてくるものを僕はとても期待している。

とりあえず今はNoConceptで手癖をとにかく完全な手癖にするまで手遊びを続けるのである。

Rythm of Shape2

2024.9.25

Taskyamamoto

#10minutesCreatives

#1dayCreatives

#1dayCreatives

最近ものづくりに励んでおる。ハゲじゃない励んでいるのだ。

ことの発端はこうだ。

「1ヶ月に一つ映像作品作るって言いましたよね」

ああ言った確かに言った作る必ず作る。決してこれを言い訳にして作品作りを誤魔化そうという意図はない。

これはこれ。それはそれで作る。

ただ作品作りとは全く別軸で「習作」という概念を忘れては行かぬと思いたったのだ。

エチュード、練習、クロッキー。

AIやプラグイン、様々なツールが世の中に出回っている。

僕は基本的にそれらのものを「情報商材」「誰でも使って簡単クリエイティブ!」「楽々お金稼ぎ!」というチープなものとは思っていない。

もちろん、世の中の万人が使って便利になるものであってほしいとは願っているが。

ただ、こちとら作り手。芸人稼業。「ほうら、こんなものができた!」と右手のハンカチをふわっとめくると鳩が飛び出すようなことをやって日銭を稼ぐ商売である。

AIにしろツールにしろ「人が想像しない使い方」や「なんでそんな無駄なことに使っちゃってるんですか馬鹿なんですか」と思われることをどれだけやるかで僕の価値が決まる。

そこにはエチュード、習作の多寡が大きく影響する。

僕は畢竟、デジタルツールを「筋トレがいらない、練習がいらないもの」ではなく、結局は身体性「習熟・筋トレ」が必要な分野だと思っている。シンセサイザー使いが結局ピアノ弾きの能力を求められるのと同じだと思っている。

じゃあ作らなきゃ。アホなもの作らなきゃ。「なんですかこれ」「何やってるんですか」「無駄じゃないんですか」というものを作り続けないといけないのです。

要するに無駄で馬鹿な日々を送ることを自分で肯定してしまおうという人生への言い訳である。

他者の協力を仰ぐ作品ではあまりアホなことはできない。というかちょっとそれはまだ時期尚早だ。

自分一人で作るものならどれだけでも自由にできる。

そして習作は基本人に見せるべきでは無いと思っているが、ポリシーよりも露出癖が表に出る僕は全部出してしまうのだ。

というわけで作っては出し作っては出し、喋っては作り書いては作り。

AIもBlenderもCinema4DもTrapcodeもUniverseもなんでもまずは使って作って晒す。まずはそこからだ。

鬱陶しい日々を送り続けるのである。

こんな僕の鬱陶しい姿を見たくない人は僕を仕事で忙殺してください。

もっと見たい方は僕の生活の面倒を見てください。認知してください。

どちらにしろなんか作る。芸してないと死ぬ。

——–

Clockwork Steam

2024.9.21

Taskyamamoto

#10minutesCreatives

#1dayCreatives

たすく塾 MV回

仕事とは何かと問われたらよくわからぬ。

ただ僕はひたすら人様の前で喋れと言われたら、いくらでも喋れる能があるようだ。あるみたい。あることにしておいてくれ。じゃないと今日の3時間が残念なことになる。

やれ酒がどうだ文学がどうだ構図がどうだ色がどうだコード進行がどうだ史実と歴史がどうだと、僕が見たもの聞いたものを僕の愉快な脳を経由して出てくるものでみんなが喜んでくれたのならこれ幸いである。

というわけで第15回たすく塾。神田ISOLDEさんにて。

今回はMVを流しながらそのMVを解説・分析するというひたすらに映像オタクなイベントをさせていただきました。

最初から「自閉症な僕がただ映像見ながら独り言をしゃべり続ける会だからな」とお伝えした上で集まっていただいた20名。

ぶーしゃかるーぷを掛けながら岡村ちゃん愛を炸裂させました。夜行性の生き物3匹をかけながら常識とは何かを語ってまいりました。

次から次に映像流しては、まず「ちゃんと見る」。そのあとでいろいろ語る。もちろんDirectorの御名も制作陣にも敬意を払い。

評論家気取りかお前作ってみろと言われたら「Yes or はい or 喜んで」で答える僕は基本作り人。そこの立ち位置を間違えないようにしっかり語る。

ウェインアイシャムからUGICHIN、児玉裕一、中村勇吾を経てmimoid、Nasty Men$ash、⼭⽥健⼈、Wooseok Shin、擬態するメタまで。

そして僕が語った内容が面白ければ「たすくおふせ箱」にお駄賃が入る。その金で僕が飲む。持続可能なシステム。

さらには今回、我がパートナーAKKYとのクロストークセッション。「DJがVJに求めるものは何か」というテーマで、つなぐことの意味、史実と文脈について熱く語らせていただきました。

たまにはこんな会も面白いね。僕が面白かった。

またやろうかな。

ともあれ、ご協力いただいたISOLDE様、AKKY様本当にありがとうございました!

9月10日の思い出

9月10日

富山県高岡市福岡町の中心部における秋季例大祭、獅子舞の日。

自分が関わってきたお祭りの日だからこそ、自分の大事な日にしたかった。

2015年9月10日、僕は個人事業「彌榮製作」を創業とした。

9月に開業し、2015年10月にはBYNDがスタートし、のたうちまわってなんとか生きてきた。

先に書いた通り、今年はついに個人事業を畳み「株式会社彌榮」となった。

なぜだか、この日は現場が多い。

16年17年はCM系プロダクションに「フリーの編集マン」として現場入りしていた。

18年19年は撮影に出ていた。

20年は…さすがに世間的に「ステイホーム」環境だったため、事務所で編集していたけれども、

21年も撮影。

22年23年は授業だった。

今年は…ナレ録りとMA。

やっぱりこの日は「外に出ろ。仕事しろ」と言われているようだ。

僕は仕事が好きだ。

何より「人に求められて、人の役に立って、ありがとうと言ってもらいながら、頂くお代で酒を飲む」。

このループの中で僕は10年生きてきたし、これからも生きていくし、年金も社会保険も払って行くし、多分貯金もできないから身体が動かなくなると野垂れ死ぬ。

そんな僕に、創業記念として現場仕事をくださる神様はきっと、「もうちょっと生きてて良い」「今年も人に会え」「もっと仕事しろ」と遣わせてくれているのだと思う。

やっていきます。彌榮彌榮と。

一人親方映像屋。芸人稼業十年目。

かっこいいからとか、稼げるからとか、夢があってやりたいからやってる仕事じゃございません。

これしかできないからやってる稼業でございます。

そして「人が僕に求めてくれるから」やってる務めでございます。

やりたくてやってる映像クリエイターとは、こちとら覚悟が違うのです。

廃業届

廃業届を出してきました。

そうだ僕のことが嫌いな方、おめでとう。

僕は潰れたのだ。

…個人事業の屋号をね。

会社は益々人気永当永当、御酒肴、山の如し!

とっても元気に活動中です。

わはははは僕がそんなに簡単にくたばると思ったか。

僕はまだまだこの世に「自分が信じる価値」をバラまきまくって生き抜いていくのだ。潰れてなんていられないのだ。

「嫌いな相手こそ脳内にこびりつく」「SNSを超えて目障りに顔を出す」「僕のことを好きにならない限りその人は幸せにならない」「会議のたびに僕の名前を思い出す」ヤマモトタスクの参上です。

法人化した「株式会社彌榮」が一年経過し、決算報告書も出来上がりました。

僅かながら黒字も確定し(ありがとうございます)、改めて「一年休眠状態で、万一法人が危うくなったら戻ろうと思っていた」個人事業の屋号「彌榮制作」を畳んできたのです。

そのままにしててもいいんだけど、同じ業態だと税務署からいろいろ勘繰られたり、融資だなんだで「早めに畳んでおいた方が良いですよ」という意見を伺い、2015年9月10日の開業記念日になるべく近い本日、届を提出して参りました。

フリーランス丸9年(そのうち最後の1年は会社だったけど)。丸々40代を個人事業主稼業に捧げました。

一言で表すと「最高に楽しかった」。

まさに「こんな華燭の生き様があるものか」と我ながら40代の人生は最高この上ないものでした。

「誰の顔色を伺うこともなく、言いたいこと、言うべきことをきちんと発言する」

「言いたくないことを『大人の仮面』を被って発言しなくてもよい」

「『自分の看板』で勝負してる清々しさ」

「自分の作ったもので喜んでもらえる、更にはお代をいただいて生活している凛々しさ」

「食えなければ自己責任、のたくましさ」

「嫌いな人とは関わらないストレスの少なさ」

「会社の論理や人事、給与に振り回されない」

「好きな時に起きて、好きな時に寝る」

「稟議書も決済権も全部自分。好きな時に好きなものを買う」

「満員電車って何?」

「どれだけ日本各地、出まわっても撮影経費」

「一日中映画見てても、それも仕事」

「酒飲んで映像映したり、構図がどうだ色がどうだと喋っていて仕事」

「社会貢献?僕がニコニコしていることが一番の社会貢献じゃないか」

そして「こんな僕と一緒にお仕事(世の中の価値作り)をしようとしてくれる方がいる」

気がつけば、個人事業主時代にお会いした方の数は優に二千人を超え、ラジオだ学校だと発信の場が大きくなりすぎた。僕ものづくり屋なんですが。

…こんな幸せなことはあるだろうか。

もちろん不義理もたくさんしたし、たくさんごめんなさいもしたし、それでも、フリーの僕を叱ってくれる方もいたし、成長させてくれる仲間もいた。フリーは全く全く全く孤独じゃなかった。

ビッグバジェットのプロジェクトも参加させてもらった。国家プロジェクトにも参画した。大きな組織に属さずとも、大きな仕事全然できるじゃないか。

僕が伝えたいのは「こんな生き方もあるよ」と。

仕事で苦しんでいたり、上司にいじめられていたり、会社を追い出されそうになったり、お給与を下げられそうになっても「縋らなくていい。縋らせようとする相手に乗らなくていい。そんなもん全部蹴っ飛ばして生きる手があるし、そうしていいんだぞ」と言ってあげたいんだ。

10年前を振り返って、素直に言えるのは「会社やめさせてくれてありがとう」です。全く許しちゃいないけどな。いつか一矢(以下計画秘匿)まずは55億円ほど稼ごうか。

「辛い顔してるぞ。会社やめちまえ」

一番しんどかったときの、友人の言葉。

僕はその言葉を信じて、元気になった。確実にその頃よりはいい顔になった。

僕はこれから創業2期目に入り、よりもっと社会のお役に立たなければいけないと思っている。

ちょっとなぁ…人を雇い入れる「雇用」と言う意味ではあんまり価値を出せそうにはないから「会社やめちまえ」とはっきり言うことは難しいのだけど、何か作ったり喋ったり書いたりすることで、皆さんと一緒に何かやってみたいな、と思っています。

彌榮製作、ありがとう。

そしてこれからもよろしく株式会社彌榮。

僕が総代を務める我が町よ。いつか山車つくるからな。社用の。