文体

 今日は元に戻らない僕の文体への言い訳。


 私、実は文体が元に戻らなくなってしまったんです。


 あきゃあ。あっぱっぱ。

 そんな文体を使用してずっとこのコーナーを書いてきて、ここ一月の間、毎日あっぱっぱに書くのが日課にまでなっていました。読んでくれてる人ありがとう。だけどここ2週間ほどパソコンがないやら忙しいやらで、更新を怠って=文章を全然書いてこなかったんですね。「パソコンくらいなくても文章はかけるやろ」はい、その通りです。でもなまくらなもんで、書かなかったんです。ごめん。そうしたら、それみたことか。元の文体に戻らなくなってきてしまいました。昨日のは何とか形作ったんですけど、そのときにこの「文体・文章」っていうものの存在をものすごい実感しました。言葉上では「文体=その人の文章の特徴」なんてよく使いますが、自分で実感することは今までまったく無かったんですね。

 前にもこのコーナーで「文章が体になじんできた」なんて書いたことがあったけど、そのときは全然いいかげんな意味で「ああ、へらへら書けとるわ」くらいに、「毎日書くのが苦じゃない」くらいの意味で書いたんです。でも、昨日の文章を書いてるときに「おや、なんか全然言葉が出てこんぞ」と、不思議な感覚にとらわれちゃいました。なんか自分の本意の言葉で無いとゆーのか。書いてて肩のあたりがまた痒くなってきたわけだ。いや、昨日みたいな「ちょっといい話(と自分で思ってること)」を取り上げることもたまにはしたいんだけれど、そういう時ってもっと自分の文体に自信を持ってないと照れ臭くって筆が進まなくなるんだよね。いい話であればなおさらもっと自分の言葉で伝えたいっていう欲求が出てくるんだよ。いやはや、こんなことってあるんだなあ。スポーツ選手だと、「1日休むとタイムが落ちる」何ぞといいますが、おいらみたいな、もっともっともっと低次元の世界で生きてる人間にもそれを体感できるなんて思ってみなかったぞ。あんまりうれしくないけど。本当に「休む前は結構体に文章が入ってたんだなあ」と感じちゃってます。またそのうち書いていれば戻るんだろうし、「文体なんぞ100年早いわ」なんちゅう言葉もどっかから聞こえてくるんですが、それはそれとして書かなければいけないので、とりあえず今日は今までのへらへら文体100%ではなく、中途半端に宇能皓一郎文体を真似てみました。だってへらへら文体がでてこないんだもーん。

 話は全然変わるけど、明日から宮崎へ飛びます。また博物館のメンテナンスね。大分で別府温泉でも入ってくるわ。それじゃ。

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