桜桃忌

 今日は6月19日。

 太宰治の誕生日で且つ遺体発見の日。いわゆる「桜桃忌」です。

 桜桃忌には太宰好きが、墓のある三鷹の禅林寺を参る、という習わしがあります。

 いけすかない文学青年だった僕は「そんなミーハーなイベント事行って何になる。書物を読んでこそ何ぼ。供養など関係なかろう」」なんて気持ちもあって背中を向けていました。でも、さすがにこの年になってくると、昔お世話になった作家さんのお墓を参るのもいいものではないか、と思い始め、たまたま今年「太宰生誕100年」などでマスコミでも認知をかけてくれたので、暇に任せて三鷹まで行って参りました。

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 きたる善林寺。駅から結構遠い。足が疲れた。

 僕にとっての太宰治は、相原コージの「コージ苑」と言う漫画の登場人物がスタートでした。あの愛嬌のあるコミカライズされた姿がインプリンティングされていて、本を読んだことも無く太宰のキャラクターだけを偏ってみてました。

 でもまあ、若いころに数冊読んでみると、やはり文章が巧い。作家のキャラクターが立ち過ぎていて見失われそうになりますが、文章の技巧で言えば大変なものだと改めて大学時代に恐れ入って読み込んだ覚えがあります。

 なんというか、日本の私小説家のキャラクターを作り上げたという意味では、本当にヒーローです。功罪あるとは思いますが。年取ってみて、改めて好きな作家と名を言えるようになりました。

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 あまりお墓の写真を撮るのはいい趣味ではないことは理解しているのですが・・・。

 小畑健が表紙を書いた「人間失格」の影響か、はたまた元からの人気なのか、結構たくさんの人が弔問に訪れてました。お墓の手前で行列に並ぶほど。とはいえ3分程度だけど。もっと閑散としてるイメージだったのに。人気あるんじゃん。この人。

 花に紛れて、タバコの吸殻が丁寧に並べられていたり、ワンカップ大関が綺麗に置かれていたり、なかなか他では見られない粋な品が墓の前に並んでました。

 そして何より、お墓に彫られた「太宰之墓」の文字に埋め込まれたサクランボの数々。(写真参照)

 ものすごい淫靡で卑猥に感じてしまったのは僕だけでしょうか。誰だこんなことした人。それとも毎年の恒例行事なの?なぜかドキドキしちゃったよ。

 そんなこんなで初めての桜桃忌でした。高校時代に知ってから20年を超えての参列です。

 

 そのほか有名な文学忌では芥川の河童忌があるけど、参列者が大挙するイベントにはなってないよな。そもそもお墓がどこにあるのか知らないし。その意味でも太宰だけは特別なキャラクターなんだよなぁ。

 基本的に文学には疎いけど、お世話になった人に参ることそのものはいいことだと思います。年を取って少し素直になりました。はい。

 
 

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