年を重ねて

さあ、毎年恒例、日の出撮影をしてまいりました。
42年間、504ヶ月も、15340日も、37万時間も生きちゃったじゃないか。
どうなっちゃってんだよ。人生頑張ってんだよ。
どうなるも何も、みんなのおかげなのよね。ありがとう。

「42歳の1年間」の結論
やっぱり生きること自体が最高のエンターテイメントで、
毎日感動しっぱなし。

そう、今年1年、そして独立してからの2年間(もう2年か)、加速度的に変わったことがあるのです。
それは「日々の感動」。

そう、日々何かあるんですよ。嬉しいんですよ。「あなたを一晩ほっといたら10時間くらい語ることを溜め込んでくる」と言われるくらい、うちのかみさんに「ママ聞いて聞いて」と24時間語り続ける幼児の様に、世の中には嬉しいことが溢れてるんですよ。本を読んでも、映画を見ても、服を着ても、それこそ花に落ちる雫を見ても、愛おしさが溢れる世の中に、なんか、こう、嬉しくなるんです。
くさい話したかないけどさ、世の中が変わった訳じゃないと思う。単純に、僕のスイッチが何か変わったんだと思う。錆び付いてた感受性を磨かせてもらったというのか。
感受性なんて乳歯の様なもので、若さの特権で、大人に必要なものなのかわからない。
それが金になるのか、世の価値になるのかなんてわからないけど、一応僕はこれで食べてるし、多分これで生きていくしか、僕にはもう道がないのだ。そしてそれは「10代の頃の僕が憧れていた自分」そのものなんだ。
自分としては20代で研ぎ澄まして30前に亡くなって伝説になりたいと思う中二病だったけど。20年くらい遅れてるねごめん。ここまできたら老衰まで逞しく生きる所存でございます。ジミヘンよりミックジャガーを目指します。
それに伴って、顔も変わった。確実に変わった。毛も生えた。
2年前、会社を退職する前から、退職直前、独立1、2年目と、どれだけ顔が変わってきたか。正直Iphoneに残っていた画像を見るだけで戦慄した。全く別人やないか。そうとう病んどったんやな。うん、僕はこの2年間で、復活したぞ。(画像参照)

そう、先日、とても嬉しかったこと。
自宅に戻る時、二軒隣のご家族、お母さんと息子くん(4歳くらい)とすれ違ったんですね。
少し、細い道で、僕が道を譲る形になったのだけど、その時に、その男の子がすれ違いざま
「やさしいひと」
と、僕の顔を見て、つぶやいてくれたんですよ。

その瞬間、ね、僕は「報われた」と感じられたんです。
その子から見て僕にお世辞を使う必要もなければ、声をかける必要もないんですよ。ただ、僕の顔を見て思ったことを言ってくれただけ、なんだと思うのだけど、それがこの評価なのだったら、もう何も恐れることはないじゃない。
もう、僕の42歳はこれで十分、世に認めてもらったし、間違ったことをしてこなかったと顔に書いてあるのかな、と。

先日は友人の娘っこたち(小学生と幼稚園)に可愛がっていただいた(=ハゲネタでいじめられた)し、こういう形でコミュニケーションを取らせてもらえるのは、本当に嬉しい限りだな、と。ちなみにその日は僕にプレゼントする髪の毛を忘れてしまったそうで、次回も必ずもらう約束をしています。ののなな、次回期待してるからな。
上司が保身のために僕を追い払ったりプライドを捻じ曲げて僕にすり寄ってきたり、そんな矮小なコミュニケーションと違うもの。査定されて報酬が上がったりするものじゃない。だけど、僕にとってはこれ以上の「人間の査定」最高評価はなかったのです。

こんなに大事なことは、そうはないよ。
多分43歳。うー。多分、多分、多分43歳。

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