毎年恒例たてとこ忘年会

毎年最後の忘年会は、一年でほぼ唯一の、自分が幹事の飲み会。
(結局、幹事らしいことはしていない)

大学同窓、先輩方と3人で始まった小さな飲み会が、毎年ずっと続いて今年に至る。
ここでは僕が一番の後輩。大学時代からもう20年以上、可愛がってもらっている。

僕はねぇ。縁を切る、ということが本当に苦手で。
縁が切れたら、寂しいじゃないか。
そしてこれまでに楽しい時間を過ごしてきた人たちとは、もっともっと楽しい時間を過ごして、新しく出会う人たちとももっともっと楽しい時間を過ごして、自分を埋め尽くすぐらいに楽しく過ごしていきたいじゃないか。
結局は、人の役に立つことも、好奇心や興味のある活動を始めることも、そこから生まれるのだと思ってる。

そして、ずっと続ける、ということが大事なのだ。何事も。
(そういう僕はサラリーマンを20年目に「やっぱりもう無理」と辞めちゃったのだけど。わはは。)

この忘年会もそう。ずっと続けることで「今年は無理でも来年は」「来年はダメでも再来年は」と、軽い気持ちで仲間が集える環境を作りたいのだ。ずっと続けていきたいし、そのために「僕が意地でも続ける」と幹事を務めあげていきたいし、僕はずっと「ああ生きてるんだ」と思わせるようにラジオでもステージでも教壇でも存在を喚き散らしてアピールしていきたいし、とにかく彌く榮えて欲しいのです。
これこそが、僕の祭りイズムでもあるのです。

高校時代に、僕は旺文社の主催する東京での勉強合宿に参加した。
そこで出会った4〜5人の友人たちがいる。彼ら彼女らとは高校卒業後も仲良くさせてもらい、楽しいご縁が続いてきた。それでも結婚したり子供ができたりと、時間が経つにつれて少しづつ疎遠になってしまった。ご縁はほんのわずかに、年に一回デンマークから帰ってくる友人とのつながりだけを頼りに、年に一回、二人で一献交わすだけの期間が長かった。
それだって、7年ほど前に「もうこれからどれくらい会える時間が持てるのだろうか」とお互いに危機感を持って、無理やりにでも時間を作るようにして始まったものだった。
それが、今年になってからは、10年ぶりの再会で一人、20年ぶりの再会でさらに一人と、当時のグループのみんなが集まる時間を設けられるようになってきた。

一昨年からは、新卒時代に勤めてた同期仲間とも飲む機会を設けて、それから定期的に(なぜか羊肉屋限定で)会う機会を設けている。
大学の同期生とはありえないくらい毎年飲んでいる。
前々職の仲間たちとは今でも毎日のように飲んでいる。

結論、僕は毎日誰かと楽しい時間を過ごさせてもらっているのだ。
人との繋がりを大事にする人生って楽しいのね。
人と楽しく笑って過ごす生きるって幸せなのね。

永く栄える。
彌榮制作は来年も、ポリシーを頑なに守り続けて、生き延びていくのですよ。
みんなが戻れる場所、新しいことを始める場所、ちょっと疲れたときに休める場所、めっちゃ楽しむ場所を、世界のあっちこっちにぼっこんぼっこん作るのです。

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