頑張るの2

 先日、「頑張る」ということに関して駄文を書いたばっかりなのだが、朝きちんと起きて朝食を食べ、きちんとした生活をすることによってちょっと素直になった小生(一人称も変わるのだ)、再度「頑張る」について考えたくなった。
 果たして、小生「頑張って」おるのか?
 んなこと聞きたくないわ。だまっとれ。
 はいすいません。そういわれたら身も蓋もないので、出口を用意しておきます。
 ここね。では気分も新たに。で、どうなの?頑張ってる?
・・・
 全然です。ええ。わはは。どうしようもないくらい。まず、朝起きない。仕事しない。酔っぱらい。道ばたで寝る。等々ちんけな無気力三昧。悪行三昧ならまだ知的生活、生産的生活として評価されるかもしれんが、それすらない。都合の悪いことは都合よく忘れるように出来ている小生の頭でも、どうしようもない生活だと認識しております。まずは、「このままじゃいけない」と思うことから始めなければいけないのでしょうが、「このままじゃいけない」と考えよう考えようとすると、どんどんしらけてきちゃうんですね。情けないことに。よし、では頑張る一発目として、頑張って「このままじゃいけない」と考えよう。そうだそうだ。そうしよう・・・。はて、どうして「このままじゃいけない」のか。
 あたりまえや。何時までもおまんま食える思うなや。親とていつまでも元気やないねんから。そんな言葉がどこかしらから聞こえてくるが、想像力の貧困な小生は駄目。目の前のおまんまには負ける。今日のごはんがあるんだからいーじゃーん。ゆえに「このままでいい」という思想に基づいた生活を送ることになり、結果として「頑張らなく」なってしまうのでありんす。
 「このままじゃいけない」小生としては、頑張らなきゃいけないのでしょうが、なんのせ本人が抜け作なもので、寝床と食うものがある限り、「このままでいい」と思ってしまうのですね。未来を見据える目がないというか、将来の展望がないというのか、とにかく現在おまんまが目の前にあることが幸せなので、いいのです。
 ああなんてポジティブ。前向きな人生。
 明日おまんまがなくなれば、そのとき考えるのです。
  ああ、生きてるっていいなー。
 今日は朝から町田康を熟読して一日潰しているので、どうにもへらへらぼっちゃんです。文体まで変わるし。わはは。

頑張る

 俺もがんばる。お前もがんばれ。
 一昔前、こんなCMが流れてたなあ・・・。

 何でお前がんばるから言うて俺までがんばらなあかんねん。たいがいにしときや。
・・・ひねくれ者の僕はそんな事考えちゃいます。
 「がんばれ」って言葉。よく考えると(考えなくても)胡散臭い言葉だよね。「がんばれ」っていわれたからやる気がでる、何てこと、そんなにないしね。やる気を他人に左右されるほどわたしゃ無気力じゃないよ、なんて風に考えちゃう。悪い子ね。
 便利なんだよね。「がんばれ」って。「私は何も責任は取れないけど、とりあえず応援しているという立場を表明します。」って感じの言葉かな。うわ、とっても日本的。無責任発言だなこりゃ。早くないのに「お早うございます」とか、貧相な料理でも「ご馳走様」とかね。あ、英語でも「Good Moning」か。万国共通だな。つっこみはじめたらきりがない。ああいかんいかん。僕もこういう考え方してるから人のいうことまともに聞けなくなるのだ。

 僕の友逹にも「がんばれ、って言われるの嫌い。」って言ってる子がいるけど、やっぱりそこら辺の胡散臭さ、無責任さを感じてるみたいだね。でもその子を見て思ったんだけど、「がんばれ」を嫌いになる子って、結構人の言ったことを真正面から受け止めて精一杯頑張っちゃおうとする子なんじゃないかな。はい、ええ。何となく。
 他人の「がんばれ」一回に対し少しでも踏ん張るなりしてると、積み重なるうちにつぶれちゃうからね。大概そういう子ってみんなに愛されてて、そんじょそこらから「がんばれ」って言われて、真に受けて頑張ってつぶれちゃう、ようなパターン多い気がするしね。
 おお、なんだか児童精神医学みたいになってきた。どこがやねん。
 そういうおいらも子供の頃は愛されて「がんばれ」を真に受けてきたけど、何時のまにやら「はい、もう、あきまへん。」なんてずるがしこさ覚えちゃったしねえ。まあまあ、これも一種の、精神的護身術、てなもんで。
 
 でも、好みの女の子に「がんばれ!」なんて言われた日にゃ何が何でも頑張っちゃうけどね。
 しかーし、それこそ「がんばれ」なんて言葉じゃなくたっていいわけで、「好き」なんて言われたらそれこそ鼻血でるまで頑張っちゃいます。
 それも合わせて考えると、やっぱり「がんばれ」は相手と自分の関係がどうあれ、「応援」するのに便利な言葉、なんだな。
 言われたら、まあまあ、うれしい言葉ということにしておこう。んでもってまともに受け止めると少しずつ痛い目を見る「ボディブロー」入りの言葉、てことで。レトリックのごまかしには目をつぶって。それが大人というものだ。うむうむ。
 ああ~。言えば言うほど、ひねくれ者・・・。

小説

 断筆した某作家ではないけれど、最近多方面からよくこんな事を言われる。
「小説を書きなさい」「小説を書きなさい」「小説を書きなさい」「小説を書きなさい」「小説を(以下略)
 非常にありがたいお言葉だし、僕の作るものを期待して下さっている方々がいるというのは非常に心強いです。しかしまあ、皆さんがどういう気持ちで言って下さっているのか分からないけど、当然、断筆した(最近復活した)某作家の様に実績があるわけではないし、それどころか実際にはこの日記以外文章なんて書いたことないわけで、「なんでこんな奴にそんなこというのだ」という気持ちは(ちょっぴり)あるのだが、まあ素直に受け止めておこう。
 ものを書いたことがない。正直(表向き)作家志望だったわけではないので、文章なんてどう書いていいか分からない。でも方法論なんて大したことないので、分からないまま書いてもいいのだ。要はやる気だ。「うんことすっとこどっこいがどーでんこーでんした。」でも立派な文章なのだ。というわけで、書きたくなったら、書くよ。書きたくなるのっていつだよ?
まあまあ、とりあえず、SAKE、ぶたさん、姫、DJ-HOE?をはじめとして、私に物書きを薦めて下さった皆様、ありがとう。ちょこっと、やってみる。その気になった。おまけに暇だし。やはりおだてられると、木に登るものだ。
 でも他のホームページ見ると、みんな上手い文章書いてるよね。どうやったらあんな文章かけるんだろうなあ。それより先に、金になることやらないと、明日の飯はどうするのだ?

種の保存

 今日はちょっとおとなのおはなし。
 ここのところ、同期生とよく飲んでいるのだが(暇だから)、ここ最近同期の連中の(ある一部分の)元気がない。
「あんまり、やりたい、って思わないんだよね。」
「最近、 ちょっとだめなんだよね。」
 おいおい、うちら、まだ二十代中盤やろが。そんな脆弱な男性本能でどうする。
 しかしそういう僕も、23くらいの時から「めちゃめちゃやりたい」っていう思春期の性欲が一気に減少した時期、あるんだよなあ。なんなんだろ。
 でも、これはやっぱりおかしいことだよ。種の保存の法則から言っても、これからが種付け本番の時期でしょう。その前にやる気なくしてどうするのだ。それとも動物的には、20代前半が種付けの時期なのかなあ。歴史から考えると、少しずつ出産の年齢ってあがってきてるし・・・。やっぱ「やりたい」時が種付けの時期になるように本能がきめてるのかな。でも今の日本の社会じゃ、そんな時期に家族作れる甲斐性持って生活するのってなかなか難しいよ。そう考えるとまだまだ、現役で頑張らなきゃいけないでしょう。
 男性本能に任せて犯罪を起こすのは、当然あってはいけないことだけど、男性本能が弱くなることも、やっぱり問題なんじゃないでしょうか。
 ぼくこどもだからよく分かんないけど。

姉貴分

 う~。二日酔い。気持ちわりい。
 昨晩はガキの頃かわいがってもらった姉貴分に十二年振りに再会、深夜まで深酒。
姉貴とは言っても、母親と同年代だったりするのだが。
 二人でワインフルボトルと大ジョッキ四杯ずつ開けてべろんべろん。気がついたら川越の彼女の家に転がり込んでおりました。起きたら昼の一時。彼女の飼い猫「満月」と一緒に雑魚寝。
 いやあ、前に彼女に逢ったのが中学生の頃だから、二人でさしで酒を飲むってのがすごく新鮮で、感動的。おいらが三才の時から知られてるから、隠し事もできないし。彼女、昔はうちの母親と二人でビール1ケース+日本酒一升くらいを一晩で飲み干す酒豪だったのに、酒はちょっと弱くなってたのかな。
 僕の部屋のベッドの脇には、女性がたたずんでいる一枚の絵が飾ってある。東京に移り住むときに実家にあった絵をもらってきたものだったのだが、この絵を描いたのが実は彼女だった。おいらの東京での乱れた生活を、この絵を通じてずっと見られてきてたのね。彼女は絵描きで、時には店を経営したり、ハウスマヌカン(この言葉がまだ生きてた時期ね)やったりして、波乱の末に昨年結婚して川越に移り住んできたとのこと。今のおいらの境遇も笑い飛ばせる剛胆な姉貴なので、いろんな話をぶつけることが出来てちょっとすっきりした。この場を借りてお礼。ありがとね。
 今日はこれからまた酒を飲む約束がある・・・。う~気持ちわりい・・・。

武甲温泉

 結局昨晩は一緒に社会からドロップアウトしたDJ-HOE?君と今朝の六時までプレステ三昧。
「なあ、明日の予定は?」「ん~?何にもないよ。お前は?」「なんもなし。暇だなあ・・・。」「どうする。温泉でも行くか?」「そうするか。」
 というわけで、日帰りで行ってまいりました。埼玉県秩父市・武甲温泉
 昼の一時に起きだして、おもむろに西武池袋線。東京もちょっと雪景色だったけど、秩父はさらに雪が積もってました。着いたのが夜の六時頃だったんだけど、それからじっくり二時間近く温泉三昧。夜の雪の中の露天風呂。いいねえ・・・。
 
 サウナと露天風呂の往復。あがってからの生ビール。ああ、ごくらくやねえ。しかも往復賃もあわせて3000円程度。いい遊びしたわ。
 秩父は仕事で夜祭を撮影したり、祭り会館の音響演出をちょっと手伝ったりしていたので土地感は結構あったんだけど、二年経つとやっぱ忘れてるよね。秩父神社に来るまで何処にいるかわからんかった。
 しかし秩父ってところは、不思議なところだね。全然娯楽がなさそうなんだけど、なんか住みたくなる空気がある。密かに武甲山の麓に住むってのもいいかもね。 

ホームページ

 自分のホームページを作ったからには、やっぱり見てもらいたい。でも恥ずかしい。でも見て欲しい。いや。だめ。でも。ああ。ちょっとだけ。うん。見て。いや。

・・・ごめん、なんでもない。

 友人から来たメールの返信の最後に、それとなくこのホームページのアドレスを書いておいたら、2時間後には何の連絡もなく彼のホームページ上にこのページの講釈とリンクが貼られていた。なんとなくこそばゆい。

 いや、別に連絡が欲しいわけじゃなく、自分の知らない間に自分のページへたどり着く道が増殖することになんともいえぬ興奮というか、喜びがあるのだ。

 というわけで、リンクを貼り返してやる・・・と思ったが、このページから彼のページへ飛ぶリンクはあちこちに貼りまくってあるので、全く関係のない奴のリンクを貼ってやる。

 Digi-human 2000

 友人のページに勝手にリンクしてしまった。ばれたら怒るかな。

 その友人、何故か今僕の後ろで「ときめも2」をやってたりするのだが。

 今日、平日だよな?明日も。二人そろってなんで明日の予定何も無いねん。学生じゃあるまいし、お互いもう大人やろが。

 これを見てるよいこのみんな。こんな大人になっちゃダメだぞ。

蝦人

 あ、間違えた。暇人(ひまじん)である。えびにんではない。

 今日は普通の月曜日。世の中はきちんと正常に廻っている。コンビニも開いている。新聞も来てる。

 昨年末までは24時間体制で僕もそういった社会の一員だった。しかも、精神的にも全くゆとりのない状態で気狂いのように仕事をしていたのが、みれにあむの到来と同時に
24時間体制のひまじんになってしまった。社会の一員じゃないとは言わないが、社会的必要度は、多分減った。(この際会社にいたときは社会的必要度があったのかどうかという議論は無視。)全くの大転換。天地逆転。どうしましょ。

 加えて六年間つきあっていた彼女とも昨年末に別れたため、ほんとーにほんとーにほんとーに「ひまじん」になってしまったのだ。
「ヒゲとボイン(By奥田民生)」を同時に両手から離してしまった感じ。精神的にも空中浮遊状態。



 窓の外を石焼きいもが通り過ぎて行く。



 「暇になると人間ろくなことをしない」とはよく言ったものだが、特にワーカホリックなおいらは
とんでもなくろくでもないことをしたくなる。しかも小心者。スケールの大きい悪事なんかは、したくても出来ません。

 カップラーメンを三種類まとめて食べて幸せを感じるとかはまだいい方で、
ライターで陰毛に点火させて遊ぶとか、ホテルでミイラをかこって(中略)とか目と臓器を(中略)とかさらには(中略)(中略)(中略)なんてことをしたくなっちゃったりする。

 まだ暇になってからの東京生活一日目だぞ。こんなんでいいのか?



 だったら仕事見つけて全うに生きろって?はい。その通りです。ごめんなさい。

 仕事してないと、えびの様に腰が低く曲がっちゃいます。蝦人、卑屈だなあ。

 それじゃ、前の会社に仕事もらいに行ってきます。では。

就職

 やばいな。就職口がまじでなくなってきた。
 いろいろ就職活動をしてみたものの、芳しい返事は帰ってこない。仕事を選ばなきゃなんでもあるとはいうものの、贅沢な選びかたしてるのかなあ。
 どうしても前の会社の経験を生かそうとすると、変な横文字商売ばっかりになってしまうし、それらの求人数が今どん底にいることも理解してるんだけど、理解しただけでは飯が食えない。どこかで飯を食べなきゃいけないんだよ。まだ僕一人分の食い扶持だけど。そう考えると今結婚して子供もいるような大学の同期生とか田舍の友人たちはすごいなあ。立派だと思うよ。本当に。それに比べたら僕はまだまだ大人じゃないんだなあ、としみじみ実感。
 「フリーになる」「独立する」なんつったら見かけはかっこいいけど、僕の場合このままでは「就職するところがなくて仕方なくフリーになる」わけで、あまりかっこよくない。かっこにこだわるわけじゃないけど、それ以上に食い扶持の稼ぎどころが安定しないのは、はっきり言ってろくな事じゃない。
 今までやってきた経験が社会に認められないということが判明したことは、しょうがなく悲しいことだけど、まあ、どうしようもない。なにかやっていくしかないなあ。何を?困った・・・。