熱血

島本和彦にはまりました。
ここ最近、時代に逆行どころかZ軸方向に向かって走りまくるX-10ですが、今日はいつにもまして古い80’テイストに満ち溢れる作品に没頭しております。
何となく(本当に何となく)本屋で「燃えよペン」を購入、コタツでまったり読み込むうちに、自分の中の内なるエナジーが膨張してきました。
そうだ。熱血が足りない
そうです。今の僕には熱血が足りません。へらへら生活ぼっちゃんぷぅな町田康テイストな毎日を送っている僕に必要なのは熱さです。燃えるような情熱です。斜に構えて落ち着き払った振りをするのはもう辞めです。2015年のテーマは熱血です。明日からスクールウォーズを見ます。
ともあれ、この島本和彦、知る人ぞ知るマイナーでメジャーな漫画家です。この年になってもまだまだ面白いですね。時代を超えて面白いのはホンモノの証拠です(あるいは僕が成長していないのか)。楽屋落ちでもオタ向けトークでも、面白いものは面白い。僕も炎尾燃(燃えよペンの主人公)のように仕事がしたいです。
最近仕事で熱くなってないなぁ。DH時代のように「山本国電プレゼン!」とか「熱血企画書二枚返し!」とか「ダブルハリケーン映像コンテンツ!」とか必殺技も繰り出してないですねぇ(つか昔もやってない)。熱くいきましょう。ええ。

HSK5級受験

中国語試験 HSK会場です。
実は1年ぶりのチャレンジです。ここ一年バタバタしてたもので。
2012年より
・12月 1級(満点合格)@一橋大学
2013年
・3月 2級/3級併願 合格@早稲田大学
・6月 4級 合格@日本大学
・12月 5級 不合格@亜細亜大学
と、5級の壁を乗り越えるべく、今日は東京大学にやってまいりました。

で、今日の試験の反省
【読解】
まあなんとか及第点かと思うけど、語学力に拠る正答の導き方とは言い難い。なんだかんだとHSK受験も5回目。試験の勘所を知ってしまっての解答になってる気がします。なんにしろ中国は故事が大好き。長文読解問題のほとんどがテンプレートに乗った話のため、ある程度単語がわかれば内容が分かる。
今日の問題では
・新入りの料理人が料理長(社長)に「僕は皿洗いのためにここに来たわけじゃありません!料理を作らせてください」と訴えたが、料理長は「じゃあもっと皿を洗いなさい」と徹底して皿洗いをさせ、小さい事の大事さを知った皿洗いは後に大社長になった、という話。
・花壇を作る職人が、会社の規模を大きくしたいと思い出資を募って規模を拡大し、店員を雇った。後に出資者が店員に「この花は何かね」と聞いたら「一つ一つの花なんて覚えてないですよ」と語り、出資者は非常に残念がった。その話を聞いた職人は心を痛め、店を小さくしても花を自分で育てようと決心した。(半分うろ覚え)
なんて話。まあなんていい話なんでしょう。とても教育勅語的です。というわけで漢字の雰囲気がわかればなんとなく文章が読めてします。それじゃいけません。
【書写】
写真を見ての、80文字の中国語作文が出ます。
これまたインチキな技を覚えてしまっていて、正当な得点と言えるのか。
僕は5パターンほど文章を暗記しており、問題に出た写真に合わせて適当に単語を変えて提出するのです。
今日使ったのは、「ダンボールを抱える女性の絵」に対して、無理やり誕生日を祝う文章を充て、強引に話を合わせました。これで本当に語学の勉強と言えるのか。後は適当に「如果」とか「不管」とか接続詞を織り交ぜる。Yinggaiとか打算とかの助動詞、然後、正在とか織り交ぜておけば高得点。うーむ。理解できてないやんけ。
【聞き取り】
これ全くダメ!こんなにもわからなくなるものか。正直びっくりしました。聞き取りだけだと確実に落第です。必要なのは文章の等速スピードでの理解=すなわち自然に声に出して読める状態にしておく文章を500ほど体に入れておくこと。シャドーイングが足りないのですね。はい、ええ、がんばります。次の試験は来週です。ええ、間に合いません。来年に期待です。

秩父夜祭

こんばんは祭キチガイの山本です。今日は秩父に来ています。当たり前です。今日は秩父夜祭です。冬の花火と曳山のコラボが見られるのはココだけです。職業は祭り映像屋です。でも今日は寒すぎるのでiPhoneで撮ります。山本です。
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かれこれ15年近く、秩父夜祭を見続けています。
キッカケはとても解りやすく、26歳の頃、仕事で「秩父祭り会館」の展示映像のお仕事を引き受けて、その魅力に浸かってしまったから、です。
その当時はまだ富山に対して庵日馬連と(なんだこの誤字は。アンビバレント)な気持ちを持ち続けており、同様に祭りというものに対しても疎遠になっていた頃でした。そう、この僕でも、祭りから離れていた時期があったのですよ。今からは信じられませんが。
でも、その時に演出補として秩父夜祭の演出をサポートしたとき、いろいろと僕の中の「祭りエキス」が沸騰してまいりまして。
その翌年からかな。富山の曳山を見に、5月に戻るようになったのは。ちょうど、今のかみさんと結婚する直前直後くらいです。
秩父夜祭が、僕の祭り熱を再沸騰させてくれました。その縁が、今、僕を湊町の一員にしてくれて、またフリーランスとしても祭り映像の仕事で幅の広い(狭い?)ご案件をお願いされることも多くなってまいりました。本当に、これは感謝しかないのです。
そういうわけで、今日も夜祭観光です。行きに3時間、現地で1時間、帰り3時間。もう疲れました。そして寒い。祭りがなければ12月にこんな山奥来ません(失礼)。
でも、祭り自体は相変わらずホットホットで、僕自身もまた明日からの活力をいただきました。なんででしょうねぇ、あの囃子を聞いてると、僕はそれだけで幸せになるのです。