確定申告

終わりました。終わりましたというか

レシートの処理>卒業生にお駄賃払ってやってもらう。

会計ソフトへのアップロード>卒業生にお駄賃払ってやってもらう

各種書類>税理士の先生に全部おんぶにだっこ。O先生ありがとうございます。

という、結論から言うと「僕何にもやってない」というあまりにも碌でもない駄目社会人っぷりを発揮して生きております。社会人としての責務放棄。すみません本当に。でもそれゆえに…自分に求められた芸(なのか制作なのか演出なのか)だけは務めを果たしていこうと思って生きております。ええ本当に生きててすみません生まれてすみません。

昨年対比ではなんとかちょっとだけプラス…。そして、8年間、なんとか生きてこれた。

ほんと、数値だけなんだけど、数値だけの問題なんだけど…頑張ってきたなぁ、と改めて感じるのです。

や、自分で自分のこと頑張ったなんていうのは趣味じゃないんだけどね。頑張るかどうかなんて他者にはどうでもいいことなのです。頑張らんと人並みになれない、人の役に立たんから仕方なく頑張ってるだけなのです。

決算書類を見ながら、今年やった仕事、依頼されたこと、喜んでもらえたことをふっと振り返って…。

同時に、自分のデモリールなんかも見ながらちょっと日本酒を空けたりすると…。

ちょっと涙が出てくるんですよね。

この仕事してて、誰かに喜んでもらえたのかな。僕はこの社会でちょっとだけ役に立ってるのかな。

僕の売り上げの一部を税金として、信号機の一つぐらい建てられたのかな。

あんな依頼があった。こんな相談があった。

僕は僕でワタワタしながら「僕にきた依頼はなんとかしなきゃ」とばたついただけなんだけど…。人並みにできることと言えば映像を編集して渡すくらいのこと。これで税金を作ることができたり、みんなに配るお駄賃を作ることができたのならば、僕の去年は役に立ったのかもしれない。僕机の前にいてPremiere触ってただけなんだけど。

そんなにいい人ぶるつもりはない。金は稼ぐし碌でもないこともする。

経済人じゃないどころか、金勘定はさっぱり分からない。

それでもなお、取引の間に立って、僕が何か映像を作ることでいろんな人が喜んでくれてお金が流れるのならば、僕はちょっとだけ社会の一員になれたのかもしれないな、と。

(ずっとずっと言い続けてますが、僕はまだ「社会人失格」のレッテルを心の底で剥がせないまま、コンプレックスを抱いたまま生きています。)

さあ、新年度、また僕にできることでお役に立っていきましょうか。何ができるか知らんけど!

ベースだって弾く!怪談師だってやる!役者もナレーションもYouTubeもなんだってやってやる。

自分が自分に全く期待してないんだから、誰かの期待くらい応えてないと生きてる実感がありません。

半年ぶりのVJ

半年ぶりのVJ稼業@神田ISOLDE。

みんなが想像するVJはきっと、渋谷や東京DOMEのような空間にサイネージのように浮かび上がる豪奢なインスタレーションなのでしょう。しかし僕は、いわゆるライブハウス、通称「小さいハコ」で、プロジェクターで映像を流したり、モニター10台で同期を取るような、そういう空間で継続的にVJさせていただいております。いつも御声がけくれるイベントプロデューサー、DJ AKKYありがとうね。

イベント規模が大きいから凄い、小さいから凄くない…いやそりゃ僕は全然すごくない野良VJなのだけれどもね。それでもこの「熱気溢れる空間」「数十人のお客さんと一体化する空気」「DJもVJもステージではなく、フロアに居ながらパーティする」というこの規模感がとても好きだし、楽しいし、場数をたくさん経験していることは、何よりの財産になっています。かれこれ結局この6年で、都内ライブハウス10箇所くらいで50回近く本番を経験してるんじゃないだろうか。

自前の機材だからこそ起きるトラブルや事前の確認、いろんな経験が配信や撮影の仕事にまたフィードバックしています。何より、ここで出会った方々がまた素敵で…僕の世界を彩ってくれています。(顧客が増えた、なんて野暮なことは言いません。そりゃいろいろ仕事のつながりも増えたけどさ。それが目的じゃないの)

フロアに居ながらVJする醍醐味の一つ…それは「いい演出でフロアが盛り上がったら、お客様からドリンクを一杯プレゼントされる」という仕事にあるまじきスタイル。そして盃をプレゼントされたからには飲み干すのが昭和の礼儀。今日もビール5杯テキーラ1杯ハイボール2杯プレゼントいただきました。機材の側に酒があるのは危険なのでパッパカ飲みます(それもそれで危険です)

それで4時間映像ぶん回して、これで仕事と言っていいのだろうか。

確かに「お代」は頂いた。

ゆえに、これは「仕事」かもしれない。

でも、僕はお代を目的にVJしてるつもりもなく、お客さんがたくさん入ったら「お座敷代」がポチ袋で渡されるものだと思っている。

貰わなくっても、お声がかかればいくらでもやります。

花※を頂ければ、もちろんさらに頑張ります。

そしてその花を二次会でパッと使って手元から無くす。

この人生が最高なんじゃないか。

(…今日は二次会もご馳走になっちゃったけどね。ありがとう)

さあ、楽しい人生、まだまだ続きます。

※花-うちの地元での「お座敷代」やお祭りへの「ご祝儀」の言い回し。

「花を頂く」「花を打つ」と云った言い方をします。

この言い回しが、僕は何気に気に入ってて…自分の仕事の売上も「花」という言い方をしています。

継続案件が来ると弊社では「まーたまた出ました花の御礼!目録ひとつ!」と叫びます。僕が。

この感覚、富山県西部の人間は皆わかるものと思います。

格好良く生きていきたいな

僕らが格好良い大人に憧れたように

自分も格好良い大人になれたらいいな、と思っていた。

気がついて見れば、なんのことはない。ただの中年。それも無職の子供部屋おじさんだ。

夢だってあまり無い。祭りが曳けたので僕はもう充分だ。

こんな僕が格好良い大人であるはずがない。

同時に、他者に対し「格好良く思われよう」と思うこと自体が見栄え良くない。

自分に対しては格好良くありたいけどね。

最近、若い方、それも10代の方々20代の方々から相談を受ける機会が多い。自分が親世代になってきたからか、親子同伴で同席させていただくことも多い。

どうにも「夢を叶えている大人」「楽しく格好良く生きている大人」の枠内で語られることが少し増えてきている、と思う。上記の通り、僕は僕でヒーコラ借金返して社会から爪弾きにされて泣く泣くこの生き場所死に場所についただけなのにね。

だからこそ若い方々には「これは一事例であり参考にも何もならない生き方だ」とは伝えている。

「生まれてごめんなさい生きててごめんなさい」は本当に心からのセリフだ。両親にはありがとう、だけどね。

そんな僕に、何を聞くことがあると言うのか。

そこまで、社会は混迷しているのだろうな、と思う。

未来を見据えようにも暗雲漂い、マイルストーンとなる先輩もいない。親世代さえもおろおろする。

そこでは「社会から爪弾きにされた」けれども逞しく生きてる僕の処世術はなんらかヒントがあるのかもしれない。

役に立てるものなら大いに役に立てていただきたい。

喋れないことは何もない。僕に何が起きたかも全部喋る。

その上で「大人になるのってやだな」と思われたら、うん、ごめん。僕の責任です。

同時に「夢を叶えた人」と見られることも多くなってきたが、

正直全くそんなことはない。

楽しく生きていられる、好きなことを言う、言いたくないことを言わない、やりたいことをやる、やりたくないことをやらない、祭りに参加している、これらの点だけで言えば、夢は叶ってるけどね。

何かを成し遂げようとはしない。目標達成志向、成し遂げる起業家気質的に出てくる臭みが嫌いなのだ。僕の信念、ポリシーを日々曲げずに、1日1日、死ぬまで頑なに言いたいことだけ言って生きるのみ、それだけでいいのです。

ときに、映像作家として名をなそうとは思わないのか、と聞かれたことがあった。

その時は、かみさんが間髪入れずにこう言った。

「あなたは別に映像作家として有名でもないし無名駆け出しもいいところです。でもそれで良いのです。貴方は『街のビデオ屋さん』。トップになろうとせず、目の前のお客さんを大事にすることだけ心がけてください。著名人の妻になりたいわけではないのです。」と。

僕も賛成だ。後は、みんなが僕を好きなところに連れて行ってくれると信じている。そのみんなの期待に便乗しながら、好きに生きていきます。

ちょっと酔っ払ってるかな。まあ、こんな日もあるよね。

配信現場

先日は早朝から配信現場でカメラマンのお仕事。

同軸を100m引き回し、手元3台遠方1台。固定画とは言えやはり演者さんの立ち位置で微妙に構図を合わせたくなるのは致し方なし。ずっと昔に教わった「三本指握りパン棒コントロール」を久々に実践で使いました。昔はこういう細かい実践ネタ、教えてくれる先輩が大勢いたんだな、と改めて実感。僕に何ができるかわからないけど、教わったもので役に立つものは伝えておきたいな、と。

そして先輩だけじゃなく、若手も新しい技術をどんどん投入してくる。今回は某「カラリスト兼配信スペシャリストこと イニシャルB」からのご依頼のため、配信画に手作りのLUTをあててゴージャスな画作りをするという試み。やっぱりこの人すごいわ。僕も楽しく良い画作りに勤しみました。

RさんBさんHさんありがとう!

(一応個人情報にぼかしかけたら、画面ほぼ記者会見のため何も見えない絵になった…)

勉強会を…みてる人

今日はAfterEffectsの勉強会

…を後ろで見ている係。

かれこれ8年、モーショングラフィックスや映像学校の講師をさせていただいて、上達の秘訣とも言えるものを何か一つあげるとするならば。

それは結局「継続力」に尽きると思うのですよね。

継続してないことはどうやっても身につかない。

学歴や資格のように、いったん合格したからOKというわけにいかない。日々磨き続けないといけない。

そして、その継続力を発揮する手法として、一つあるのが「強制力」を自発的に持つこと。

様々なクラスで催されていますが、クラス単位の勉強会。一所懸命に自分たちの新作を作り、発表し、内容について解説する。このループを回し続けていけるか否か。学校という場が卒業後も機能する大事な部分です。別にここで収益あげようとは思わないけどね。僕はいつも、ただお菓子買って後ろで見てるだけのポジションです。あとなんか司会進行にトラブルがあった際、喋って場をつなぐ係。

どうしてもこういう会を継続できるクラス、なかなか開催できないクラス、いろいろありますが、できる限りは続いて欲しいし、僕もできる限り顔を出していきたいと思います。

みんなお疲れ様でした!

そして最後に…「こういうのやりたいな」「うちのクラスでもやりたいな」と思った方には…一つ伝えたいこと。「自分で声を上げる」。これに尽きます。みんなそれぞれ「誰かまとめてくれたら、手をあげてくれたら乗るのに」「僕なんかが声あげても無理だから…」とそれぞれに遠慮しては消えていくのです…

年も明けました

年も明けました。2023年です。1973年生まれの僕としてはこれで半世紀です。

半世紀もあれば…黄巾の乱から魏呉蜀分立するし、関ヶ原の戦いから鎖国まで入っちゃうし、第一次世界大戦開始から第一回東京オリンピックまで入っちゃうし、結構なんでもできちゃう、起こっちゃう時間を生きてまいりました。

そんな中で僕は何も成し遂げておりません。ええ、成し遂げるなんて気持ちはどこにもありません。日々を生活し、祭りに参加し、ニコニコと上機嫌に振る舞うことが僕の人生です。目標なんてたててたまるか。誰かにコントロールされてたまるか。と言いつつも、作家だけはずっと夢見続けてるけどね。

(目標を立てると、目標をダシに誰かに意見言われたりコントロールされたりという懸念をいつも感じるのです)

そう「祭りと表現(映像や文章)」僕にとってはこの二つだけを基軸にずっとずっと生き続けてまいります。

この前思ったのです。僕がなんでこんなに楽しく生きていられるか…。単純に「山曳くことが楽しいし、その感覚は誰とも競争が起きないし、誰にも邪魔されないから誰とも価値観の違うところで生きている」という点で、揺るぎない自己軸を設けているのです。誰に嫉妬することもない、誰とも数字競争することもない。

万一事故で曳けなくなったとしても、一番山から六番山まで全部曳いたし、副総代もさせてもらったからもう何も思い残すことないしね。こんな人間にマウンティングとれる人間はまずいません。(歴代総代くらいかな。でも彼らは僕にとって神なので、それでいいのです)

そんな僕の2023年、いや、2022年から2024年までの3カ年計画は「脱皮」です。

人間関係を整え、これまで以上に幅広いことにチャレンジし、「もう余生でいいわ」と思ってる自分をさらに幅広く盛り上げることで更に更に楽しい人生にしていこうと。そしてニコニコしていることで世の価値を高めていこうと。まあ、このように思っているわけです。もう苦手な仕事はしない。苦手な人とは付き合わない。僕にそんな時間は残ってない。

3カ年計画についてはこちら。

http://www.zerokai.co.jp/royalscam/?p=7527

前回の記事で、昨年の振り返りを行いました。

というわけで、3カ年計画の2年目、今年の目標です…。

目標立てないと言ったばかりだけど、これらは人に左右されないものばかりです。

●筋肉と健康(数値目標:体重65kg / 体脂肪率20% / 不摂生からなる大病せず / 髪の毛3000本増やす)

あと5kgなんだよなぁ…去年人間ドック行ってだいぶ健康体だったので、あと5kg痩せたいよなぁ。髪の毛?だまらっしゃい。

●けんかやま今年も曳く。

今年も行われるなら是非に曳きます。今から法被を出しました。気が早いです。

●ツールマスターとして扱える道具を増やす(Illstrator/Photoshop/Cinema4D/Blender/Animate/CharactorAnimate/Davinci/Zbrush/)

何気にこれまでAE、PRに偏って仕事し過ぎてきたな、と思いました。

昨年末、某案件でPowerDirectorのマニュアルを作り中身を把握しましたが、その時に「ああ、僕ってツールフェティッシュだったんだ」ということを思い出しました。まずそこのオペレーション力を誰にも負けないものにしたいです。

●今年も3本仕上げて応募する。

今年もじゃない、今年「は」だ。

もうそもそも人生の目標を履き違え始めてきたぞ。僕

●徹底的にインプットする(小説:新書除く100冊、映画100本)、そして見たものをちゃんとメモにてアーカイブする。

メモする!これ大事!これ忘れがち!

●自分のアート映像作品を3本作る。

年賀状もアートの一つと考えたらもうこれで1本!後2つ、実は仕込んでいることがあるので、これはまたのお楽しみ。

●Youtubeを継続する。

いろいろやりたいことはあるけれど、せっかく始めたこのメディア、上手く使えるようになるまで頑張ります。

●楽器と向き合う。カメラと向き合う。絵筆と向き合う。それぞれ一回づつアウトプットの場を作る。

アナログ大事!この時間配分をしっかりコントロールすることが1番のポイントです。

●常に健康、常に上機嫌

その名の如し。

●売上目標●万円(昨年対比120%)

昨年対比120%になれば、もう一度3年前の状態に戻れます。頑張ります。

●生き抜く。永く栄える。彌く榮える。(49年間目標続行中)

僕はしぶといみたいだ。こんなに狼藉しながらも、全然へこたれずニコニコ生きている。ここまで来たら、夜道で刺されて倒れても仕方ない。ただでは死なない僕だからこそ、まだまだ長く栄えます。

来年もよろしくお願いします皆様!

写真は僕のPremiere/AE/Davinci/カメラカレンダー(かみさん作)と伏木曳山祭の法被です。背中の蝶々のためにも頑張ります!

今年の反省2022

さあ皆様も今年の締めくくりを行っているところでしょう。僕もです。

簡単にいうと仕事してます。毎年変わりません。

今年はとにかくも自分の世界が変わった一年でした。

それもそのはず、2022-2024の3カ年計画「脱皮」の第一段階、どんどん進んでいるのです。

今年の目標、3カ年計画についてはこちら。
http://www.zerokai.co.jp/royalscam/?p=7527

人の縁も変わり、事務所の場所も変わり、自分自身の変容を感じています。

スケートボードを始め、ファッションを変え、パーマをかけて、コンタクトにし…外見から内面から、全てを変えています。間違ってたらまた直せばいいんです。変化は怖いことじゃないんです。髪の毛のことは言うな。

そんな3カ年計画の1年目、今年の目標を振り返ると…。

●筋肉と健康(数値目標:体重65kg / 体脂肪率20% / 不摂生からなる大病せず / 髪の毛3000本増やす)

10年間一回も達成してないのですが、もう、書いてあることに意味がある。でもとりあえず体重は5kg減ったのよ。大病もしなかったよ。褒めて褒めて。

●けんかやま今年も曳く。

曳いた!3年ぶりに曳いたよ!!もうそれだけで今年は優勝なのです。

いち曳き子として楽しませていただきました。来年もまた曳きたいなぁ。

●海外進出の足場を作る(3年目)英会話学ぶ。コスト100万投下する。

えーと、ごめん。それどころじゃなかった。海外進出の準備がしやすい環境にはなったものの、慌しすぎて…(以下言い訳)

●今年も3本仕上げて応募する。

今年もじゃない、今年「は」だ。

もうそもそも人生の目標を履き違え始めてきたぞ。僕

●徹底的にインプットする(小説:新書除く100冊、映画100本)、そして見たものをちゃんとメモにてアーカイブする。

あーごめんなさいアーカイブするという目標書いててすっかり忘れて乱読乱閲してばかりでした。ちゃんと記録することを来年は目標にします。

●自分のアート映像作品を3本作る。

えーと、なんか作ったぞ。色々作ったぞ。どれとどれか覚えてないけど。なんかやった。うん、達成ということにしておく!

●自分のアウトプット環境(ブログ、Youtube、Vimeo、Note、ラジオ、展覧会、講演会)を更新し続ける。年間100本達成する。

騒ぎ続ける喚き続けるそれが僕の生きる意味。鬱陶しくて常識人が皆顔をしかめることこそが愉快犯としての僕の生き様。出せば出すほどニコニコする僕。80年代ハリウッド映画における爆弾魔の如し。

と去年も書いたけど今年もその通り。喚き続けて今に至る。死ぬまでこのままだ。

●楽器と向き合う。カメラと向き合う。絵筆と向き合う。それぞれ一回づつアウトプットの場を作る。

昨年までよりは少しアナログと向き合う時間を取れたかな、と思っています。何より、広い空間(事務所)を手に入れたことで、PC以外と接する環境を手に入れることが来たかな、と…。

●常に健康、常に上機嫌

その名の如し。

●売上目標●万円(昨年対比100%)

実は何気に96%…ちょっとよろしくないところです。来年は頑張ります。

●生き抜く。永く栄える。彌く榮える。(49年間目標続行中)

僕はしぶといみたいだ。こんなに狼藉しながらも、全然へこたれずニコニコ生きている。ここまで来たら、夜道で刺されて倒れても仕方ない。ただでは死なない僕だからこそ、まだまだ長く栄えます。

来年もよろしくお願いします皆様!

Davinci合格しました

完全にPremiere編集の人と思われてますが、一応Davinciの認定トレーナー更新し続けてます。

今回からセンター試験的な制度も導入されて、僕みたいな「お前プレゼンだけで合格しただろう」的な疑惑も一応払拭されたかと思います。

(僕が資格取得した頃、認定トレーナー試験はプレゼン?面接?が試験基準でした)

というか、流石にメインで使っていないソフト(と言っちゃうとごめん)とはいえ、日々なんだかんだと情報が入り、それなりに触る日々を送っていると、合格ラインは突破できますね。編集ソフトとしてのベーシック面をある程度把握してるものとしては流石に落ちるわけにはいかなかったです。

というわけで、Davinci認定トレーナーまだまだ頑張ります。

といってもEditページのショートカットは「山本式」に完全カスタマイズしまくった状態になっていますけどね。ほぼPremiere状態…。

辛いとは何か

ベッドから起き上がる、ただそれだけのことが、

「傷ついている人」にとって本当に大変な作業です。

それでも、

「朝起きて出勤するなんてあたりまえのことだ」

「人と同じことができないなら報酬がもらえないなんて当たり前のことだろう」

「甘えてるだけなんじゃないのか」

「労働とはそういうものだ」

なんていうのでしょうか。

この、21世紀に?

科学技術が、人を労働から解放しようと2000年以上かけて頑張ってきて結実しようとしているこの今にも、それを言うのか。

過去の偉大なる科学技術者たちに対する敬意はないのか。あるいは、想像力が足りないのか。

そんなに労働は尊いのか?

疲れ果てた体に鞭を打つほど尊いことなのか?

そして、あえて聴こう。

人の役に立ち、充足することはとても尊い。確かに、尊い。

この世はお互いに補完し合い、幸せをやりとりすることで成り立っている。よくわかる。

あえて聴こう。

お前が朝会社に行くことで、本当に世の中に価値を生み出しているんだな。

お前がもらえる報酬くらいは、価値を生み出しているんだな。

昨日も今日も明日も、価値を生み出せると胸を張って言えるんだな。

明日お前は、ベッドから起き上がれないくらいの心の傷を負う可能性だってあるはずなのに。

それでも、マシーンの様に会社に行くんだな。

ベッドから起き上がれないくらいの傷を負っている状態で、それでも立ち上がって職場に行って、職務を遂行することが、本当に尊いことなのか?

そして、役に立っているのか?

要するに何が言いたいかというと。

「眠い。起きたくない」