僕の強みでも弱みでもあること。「順応性が高い」
いやいやいや、ぎこちない人間なんですが、どんなところでもどんな仕事でもどんな生活でも、それ相応に合わせられてしまうのです。
 逆に言うと、どんな環境におかれても、改善の気持ちや提案が出てこない。
 環境に自分が一瞬で合ってしまうんですね。
 1Kに住め、と言われたら平気で暮らせます。
 北海道からアメリカから、どこでも住めます。
 肉体作業も頭脳労働も、一般人としてできる範囲で色々やりました。
 で、どれも面白かった。
 欠点に目が行かないんですよ。ここもっとこうしなければいけない!みたいな気持ちが出てこないんですよ。The World is “住めば都”。より良く、すこしでも高みに、ベストを尽くして、という気持ちからは全く正反対の人間。どんなところも因果があってこうなっとるんや。まあそのまま、自分がそれに合わせておればお天道さんも悪くは思わんやろ。てなもんです。
 でも、その反面、僕はとても見栄っ張りで、また観得のポイントは人と全く違っておりまして。
 見栄っ張りな部分があるからこそ、「人並みに生活しなければならん」とか「30代相応の格好をしなければならん」なんて思うわけでして、それがなければ僕は完全にヒモやって生活してると思います。今も半ばヒモのような(略)。小遣い合わせるとかみさんの手取りの方が(略)。(因みにかみさんは専業主婦です)
 その気持ちだけが、まだせめてもの、外界の影響にて「何とか改善しないとイッチョマエと思われんなぁ。変えてみんとなぁ。」なんて思うエネルギーになるのです。(むしろ壊すほうは好きなくせに)
 改善しなければ、もっと良くしなければ、という意識が薄いために、むしろ心を平穏にしてられる、という武器もあります。心の平穏のために成長を捨てたというのか。どこの僧侶だよ。
 どんな環境も住めば都。自分の心持一つでどこでも楽に暮らせます。それではビジネスはできないではないか。うむむむむ。
 むしろ改善しないビジネス、成長しないビジネス、資本主義を否定するビジネスなんてできないものかしら。そのままでいい。平穏でいい。改善しなくていい。なのに潤沢に食べ物も幸せも手元にある生活ができるようになるビジネス・・・あ、これって宗教か。