果たして、僕は職人か、芸人か。
僕の人生どうしてこうなった。

もちろん、つくることが僕の本業であり本懐なのだが、人生の流れか、今はどうしても噺すことでおヒネリ(決して売上とは言わない)を頂く機会が増えてしまった。それは凄いことでもなんでもなく、ただそのまま「人前で話す機会が増えた」と言うだけで、僕が成長したわけでもなんでもない。
話すことの職人を、古来から「芸」と言う。

僕が若い頃、心の書としていた「葉隠」は、芸事に生きる男を忌諱していた。男が芸なんかするものじゃない、と。
未だに、僕の心にはそれが引っかかっている。
もちろん、芸事で生きる人間性の凄まじさも理解した上で。

結果、僕は一端に何かができるわけじゃない、何者でもない半端者、になっているのだけどね。

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芸人は、米一粒、釘一本もよう作らんくせに、酒が良いの悪いのと言うて、好きな芸をやって一生を送るもんやさかいに、むさぼってはいかん。ねうちは世間がきめてくれる。ただ一生懸命に芸をみがく以外に、世間へのお返しの途はない。また、芸人になった以上、末路哀れは覚悟の前やで ―4代目桂米團治

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