自分語り

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自分語りが大好きです。語らせろ。
一行目にこう書くだけで閲覧者がみんなブラウザを閉じる様子が目に浮かびます。ええ、閲覧者のニーズに合わせたものを書こうとは初めから思ってないのです。ここはあくまで僕が僕のために僕に対して語り続けるチラシの裏なのです。僕に興味ない奴は帰れ。
といいつつも自分語りをしたいわけじゃなく、今日はメタ的に「自分語り」という行為に対して。
最近、コーチングを受け始めました。これも興味本位というより、ご縁あってのものなのですが。最近懇意にさせていただいている方が、コーチングのトレーナー見習いということで、よっしゃこれも何かのご縁や、僕も受けようじゃないか、と二つ返事でその方と意気投合、自分の目標達成に導かれる事になりました。
因みにコーチングとは
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一昨日ブログに書いたように、「目標」や「自己意識による問題解決」という意識が薄いこのクラゲ人間に果たしてどこまで効果が出るものやら。コーチの方も難儀する事でしょう(他人事)。
また、それとは別に、僕は4年ほど前から心理カウンセリングも受けています。こちらも同様に、自分の問題解決のために様々ディスカッションするもの。コーチングがゼロをプラスに持っていく事が目的なら、心理カウンセリングはマイナス要素をゼロに持っていくようなものか。ええ、受けてる自分も何がゴールなのかよくわからなくなってます。
で、コーチングと心理カウンセリング。このどちらも、基本的にはまず自分について滔々と語ることから始まるんですよね。
うーん、本当は、というか僕以外は違うのかな、と今一瞬思いましたが、どうなんでしょう。少なくとも僕は、まず自分の置かれている状況、生い立ちから自己認識、プライオリティやポリシー、環境について延々とそれこそ合計20時間くらい語り続けて現状認識するところからはじめるのです。ブログでこれだけ自分の事語っていながらまだそれだけしゃべるのかよ、というくらいに。
心理カウンセリングとコーチングは基本的に別種のものですが、そのどちらも「答えは自分の中にある」という認識があり、その意味では近い存在でもあるんですよね。それはすなわち、「語っているうちに自分の中で整理整頓が進んでいく」ということで。
これ、実際に受けたことのある人は実感していると思います。何もさえぎらないで、ただ聴いてくれる人が居るだけで、自分の方向性はまとまっていきます。
そう思えば、高校時代や大学時代、無駄な長話や長電話、麻雀をしながらの滔々とした語り、そういったものを続けながら、僕らはディスカッションを交わし、同時に自分の事について誰かに聞いてもらっていた。
大人になった現在、あまりにも近い存在としての家族は居るけど、二人で自分語りを続けていくと煮詰まってしまう。それにお互いの話を黙って聴いていられるほど余裕が無いときもある。
心理カウンセリングやコーチングを受けてみて、改めて思うのは、前回のブログの結論と同じ。「自分の状況や環境についても定期的に語ってみて吐き出していかないと、これまた糞詰まりになる」ということ。もちろん心理カウンセリング・コーチングはそれだけが目的ではないのかもしれないけど、まず僕にとっては便秘を治すという治療に役立っているのです。
友達が多い人なら、誰か自分語りを聴いてくれる人もいるのかもしれませんが、薄汚い40のオッサンの自分語りなど誰も聞かないしそもそも僕は友達が居ないので、こうやってお金を払って自分の事を聞いてもらうのです。ああ、そういえばキャバクラも似たようなものか。(コーチングとキャバクラを一緒にすると怒られそうですが)
今書いてみて思った。キャバクラに行って話をするのも、ある種同じような「癒し」の効果を求めてるのかもしれない。いや、僕、年齢の割りにキャバクラ経験少ないんですがね。(これはまた10代の頃の水商売バイト経験が微妙に影響してるのです。裏方をやると、なかなかお店で楽しめなくなります)
自分語り、すなわち自分の中の整理整頓。コーチングやカウンセリングなどプロの力を借りるのももちろん一つの手法です。でも、それ以外の在野で行うときには、あまり他人に鬱陶しがられないように、上手くやらないといけないですね。

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