富山帰省201401


ちょっと、富山に戻ってました。ええ、新春のご挨拶です。これまで挨拶を疎かにしていたことがどれだけ僕を不義理者にさせてたか。いかんですよ。ええ、もう40だし。本当にこのままの大人ではいかん。信頼と実績の山本でございます。
実家に帰り、ちょっとふらっと街中を散歩に。

北陸の冬は形容し難い。たとえ雪が少ない年だとしても。空が低い。稜線が高い。冬という季節に対して想う景色は異質だ。ここで育ったのである。そして僕らが中学生時代から存在している小矢部川沿いの「ホテルセピア」は今宵も営業しているのであった。

雪が無い、と書いた三時間後に、もう積もった。もうやだこの国。

冬の富山の良いところ。味覚の満足度に敵う場所無し。氷見の寒ブリ大トロ、とり味噌鍋、能登の米、昆布締め、エトセトラ。実家へのご挨拶のつもりが、もてなされてしまった。弟夫婦も交えて、大きな家族と大きな料理。来月にはもう一人増える予定だしね。

その翌日。お店には出てこない富山家庭料理。昨晩残った鰤の刺身と、鯛の切り身を一晩醤油と日本 酒に漬け込みほぐしたもの、更に山椒を加えてお茶漬けに。

関東、千葉に移り住んで14年。ふとした時に覚える違和感は「山脈が無い」こと。富山の全域は立山連峰に見守られ、それこそ富山の自然環境から食生活、天候の全てまで立山の思し召しで創り上げられる。(オカルトでなく、地勢的にそうならざるを得ないのだが)その意識は、もはや「立山信仰」としてwikipediaに載るレベル。それ故に「背に山脈が居ない、護られていない」と感じる心細さもまた一入な訳で。 今日は天気も良く、一連の山々が姿を見せてくれました。そのうちに、また登山したいですね。雄山神社に向かうあのルートで。

そんなこんなで、年始のご挨拶、実家に戻って居りました。今回、ばたばたと実家、弟夫婦へのご挨拶となり、お顔出せなかった皆様、大変失礼致しました。改めてご挨拶させて下さい。 写真は伏木神社。昨年九月にも戻れませんでしたので、今回遅い初詣となりました。 湊町の方々にも、本年改めて伺わせて頂きたく思います。今年も、宜しくお願い致します。

ぼく自身あるいは論語と算盤


一からやり直していき、成果を出していこう。何のためか。常に疑いながら。
士魂商才「富をなす根源は何かといえば、仁義道徳。正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することはできぬ。ここにおいて論語と算盤という懸け離れたものを一致せしめることが、今日の緊要の務めと自分は考えている」
「武士道は、啻(ただ)に儒者とか武士とかいう側の人々においてのみ行なわるるものではなく、文明国における商工業者の、拠りてもって立つべき道も、ここに存在することと考える。かの泰西の商工業者が、互いに個人間の約束を尊重し、仮令、その間に損益はあるとしても、一度約束した以上は、必ずこれを履行して前約に背反せぬということは、徳義心の鞏固(きょうこ)なる正義廉直の観念の発動に外ならぬのである」
-論語と算盤 渋沢栄一
「語るべきことを語り過ぎたため、語るべきではないことについては充分に語らなかったからだ。だが結局すべては解決がつく。ひとつ、存在してゆくことの難しさを除いては。これは決して解決がつくものではない。」
「一つ仕事が済むとぼくは逃げ出す。ぼくは新天地を求める。 習慣からくる弛緩を恐れる。ぼくは、自分が技術や経験から自由でありたい ―つまり不器用でありたいと思う。 それは、奇人、叛逆者、曲芸師、空想家であることなのだ。そして賛辞としてはただ一つ、魔術師。」
-ぼく自身あるいは困難な存在 ジャン・コクトー

Jeg er glad for at være venner med dig.


デンマークに在住してる友人が帰国すると言う事で、何はさておき会食@Coca_thailand。
高校時代からの友人とお互いに「まさかこんな人生になるとは」と大笑いしながら自分たちの状況を気に入っており、お互いのRollingStoneぶりを尊重する。「『『いやー、これでいいんだ』と思い始めると中年の第一歩だ。『人生こんなはずじゃない』と言ってる若さも大好きだけど」と、自分たちを誉めてるのか貶してるのか判らない会話を多数。
・北欧と中国と日本の経済事情。
・北欧と中国と日本の文化人類学。
・僕は中国人ではない。日本人である。
・人間どこ行ってもそんなに変わらない。
・「そんなに変わらない」という事を肌で知っている事が価値。
・グローバルに生き残るために、重要なものは語学以外に山ほどある。(語学・特に英語がフォーカスされすぎる傾向に一石)
・ふとした言葉が隣人の人生を変える。
・北陸新幹線は革命なのである。
・コミュニケーションとご縁はしつこい位で丁度いい。
・親孝行。
・お小遣い。大事。
・何度も言うが僕は中国人ではない。
・健康が一番。
・だけど健康が一番と言い出すと中年。
・これを言うと中年だよね、と言い出すと中年。
また帰ってくるときには是非。お正月には会えることを期待して。
僕らの飲む機会、還暦まであっという間だぞ。還暦になる前に、宇都宮をもう一度襲撃するぞ。そしてあの夜空をもう一度見るのだ。
19歳も60歳も、中国もデンマークも、天体レベルでは何も変わらないのである。
少年でも中年でも、日本人でも中国人でも、全部、些細な事なのだ。

精緻なる筋肉を


1月近辺は、更新が頻繁になります。毎年の、季節の流れがそうさせている様です。
書き殴りではありますが、最近ふと思ったことを。
ここのところ中国語を学んだり、読書をしたりする中で、自分自身に欠けていると実感するもの。それは「精緻さ」=「細やかな努力の積み重ね」です。
精読、という言葉があるように、知識を学ぶ、何かを習得する、脳を変容させる、そして、何かを創り上げるには、必ずそこに緻密さ、が求められます。その緻密さをもって、神が宿る、あるいは、筋肉に変わる、骨格を作り上げることができます。
これ、自分自身に全く足りてない素養だと、感じたのです。
ええ、意図的に、自分自身に多読濫読癖と、拙速でもスピードを求める生活をこれまでしてきたのも事実です。そして、コツコツと気の長いトレーニングのタグイをこれまでやってきた事がありません。気の向くままに、大量消費と素早い行動、これを自分に課す代わりに、精緻さ、緻密さ、継続力という部分については全くトレーニングをしないまま、40を迎えてしまいました。
それはそれで、いいのです。自己責任だし、それによって出来上がった自分の利点欠点は把握した上で、日々の生活に臨んでいるのです。側には、それを理解して支えてくれる家族が居るわけですし。(むしろ、今更丁寧な生活をし始めたら精神を心配され病院に連れ込まれかねないレベルです)
でも、歳を重ねてバイタリティも消化力も落ちてきた今、大量消費だけでは生きていき難くなってくるかな、とも思っています。
そして、二つの出来事が僕を精緻さに向かわせようと、しています。
一つは、朗読をしてみたこと。
別の言葉で、音読。中国語に限らず、言葉を学ぶ上で必要なものは発音、そして耳です。重複になりますが、言語は学習ではなく、身体トレーニングです。そこには、細かい発声の違い、聞き取りの違い、意味の分別を同時に、そして正確に行わなければならない反射神経レベルでの精密さが求められます。
そこで効果的になるのは、音読です。
今流行のシャドーイングやロゼッタストーンに興味があるわけではないですが、一番効果的な学びは、やはり「丸暗記レベルでの暗誦」に他ならないと、今更ながら思った訳です。一音一音間違えず、意味を理解して、きちんと伝達する、その文章が薄髪のようにじゃなかった薄紙のように積み重なっていったとき、僕は母国語以外の言葉を話せるようになるのではないかと考えています。
そしてそのとき「よっしゃ、どうせなら読書も音読したろやないけ」と、ある小説を自室で一人朗読してみたのですが・・・。
滅茶苦茶に、頭痛がしました。
なんだこれ。言葉をきちんと理解しながら一言一句読むってのはこんなに頭を使う事なのか。これまでいかにいい加減に本を読んでいたのか改めて理解しました。呼吸がうまくないのか、酸欠なのかと思い、思いっきりゆっくり朗読もしてみましたが、やはり同様に頭が痛い。頭痛が痛い。そして同時にすらすらと入ってくる鮮やかな小説の情景。朗読って効果があるんだな、と改めて思いました。因みに読んだのは「奔馬」です。歯ごたえありすぎ。

そしてもう一つは、別に改めて記すつもりではありますが、妻のピアノです。
うちのかみさんは若い頃(大学時代)ピアニストを務めており、その腕前はなかなかのものだったと聞いております(同じサークルに居たので知ってるはずなのですが、ほら、僕、物忘れ激しいですから)。
この前、ふとしたご縁で、その大学時代のかみさんのピアノの音源を16年ぶりに、手に入れることが出来たんですね。当時の技術なので、カセットテープという形で。改めてmp3に起こして、聞いてみました。
なんだこれ。滅茶苦茶うまいやん。
身びいきを差し引いても、巧い。巧いうますぎる。風が語りかけるレベルです。こんな人が身近におったんや。もちろん、僕はピアノについてある一線以上のレベルを評価できる耳は持っていませんが、とうにそのレベルは超えた腕前でした。
で、それはそれとして。後でこの件はきちんと書くとして。
この腕前の根底にあるものは何かと、かみさんに改めて聞いてみたところ、答えは非常に簡単で「日々の積み重ね」でした。
そう、うちのかみさんはこの「精緻」という事に関しては高い能力を保っており、自他共に認める徹底的なコツコツ型の性格をしています。一日八時間毎日練習。数千回の繰り返しも厭わない。シングルタスク。ルーチンの鬼。うさぎと亀で言うと1024%亀型人間なのです。
それがために注意力過多という病(?)で床に付すことにもなるのですがそれはそれとして。(そして注意力皆無という僕と恐ろしいほどにピースが組み合わさり、絶妙なバランス均衡にて生活が保たれているわけです。)
また話がそれましたが、そのかみさんのピアノの音を聞いて「うむ、精緻さは大事だな」と改めて思った次第なわけであります。
いや、これね、本当に僕にとって革命的な事態だったのですよ。決してかみさんを甘く見ていたわけではないのですが、「コツコツ型」の人の能力に、正直腰を抜かしたのです。もちろん14年一緒に過ごしてその能力は知っていたはずなのですが、やはり健康状態に左右されるところもありまして。不断の努力、というものはこれだけの力を秘めているのか。何かをなしえる人とはこういう人を言うのだな、と僕は改めて思った次第なのです。そして、遅ればせながら「僕もそーいう事やりたい。これからの時代はコツコツ型だ。おほん。」と朝三暮四な人生設計変革を始めてしまったのです。
そんなわけで、今年の僕は前出の目標に対して、精緻さをもって挑みます。もちろんスピード感は落としません。そして僕の長所(と言っていただけてる部分)はこのままで。ただ、筋肉(脳みそを含む)を少し細かくコントロールできるようになろうかな、なりたいな。という訳でして。
全ては筋トレです。一朝一夕には身につきません。細かい日々が、膨大な力に変容するのです。

毎日、少し勉強し少し考え、 少し絵を描き、歌い、踊り、遊び、そして、少し働くこと(今年の抱負)


さあいよいよ始まりました2014年。
今日で三が日も終わり、明日から平穏な日々が始まります。て、明日明後日は土日だけどね。
昨年、「今年の抱負」をしたためて、それを軸足に生きてみたら予想外にうまくいった、気がした。
もちろん、どたばた劇も多く、本当に慌しい毎日だったけど、昨年の正月に自分で決めた「3年での飛躍」という軸を保てた事が、何よりも功を奏したのだと思っている。

改めて昨年を振り返る必要はないのだけれど、一つだけ。
僕の全てを把握している家族の存在。これがどれだけ心強かった事か。
自分の行動において、何が最適解か。自分の特性、将来、過去の実績。全てのステークホルダーを把握した上でベストチョイスな行動規範を見つけ出してくれる人間を側においている事が本当にありがたかった。ベストパートナーという言葉を、心から感じました。これが信心というものか。「がんがんいこうぜ」「じゅもんをつかうな」というコントロールだけでも、僕には救いになるのです。DQ4並のAIしかもってませんので。僕の頭。

そして今年は「志高身低」。高い志と謙虚な心。
中期計画の中間年ということで、たるみがちな自分自身を律していかなければならないと思うわけですよ。基本的に怠惰な人間である事は変わりないので、怠惰は怠惰なりに、皆様に謙虚な心をもって接しながら、常に志と目線だけは忘れないようにしたいなぁ、と思っているわけです。
(結局怠惰な部分をなんとかしようとする心持が無い訳です。)

まあそんなこんなでも、幸せに生きていければいいじゃないですか。
今年から僕も40代の仲間入り。大人として生きてきた年数が20年を越えました。逆に少年の心持を取り戻しながら、自分自身を愛して生きていきたいと思っています。(これ以上子供のままで居られたら困る、早く大人になりなさい、という周りの声は聞こえません。)
そして毎年定番の。
今年も如何にしてクリアするのか。軸足を忘れないように。
◆目標2014
・TECC(中国語の試験) 現状より+200点
 (12月に受けた試験結果が出てないので目標が立てにくいのです)
・62kg≧体重。
・けんかやま今年も曳く。
・ある試験に向けての試受験。本番は来年。
・今年も3本仕上げる。
・僕を5年間苦しめたあの語学に再挑戦。検定4級合格へ。
・この場所での地力固め。社会貢献。
・中国へ行く。
・楽器を久々に始める。語学は音楽に通じる。
 何かの形でステージに立つ事を目標にしよう。
・落ち着いて芳情で豊穣な、価値観をブラさない日々の生活。
・アレ
うーむ、「3ヵ年計画」の2年目にしてはちょっとブレてる目標も多いと感じます(語学2本目は想定外だし)。ただ、去年と環境が大幅に変わったこともあり、「両軸体勢」を敷くより、今の現場に切り込んでいく「一点集中突破」を狙ったほうがこの先は生き易い、と僕は狙ったのです。とはいえ、上記目標にあるとおり、クリエイティブ八面六臂阿修羅活動は今年も続けるけどね。
◆ほしいもの2014
・Clavinova CVP-605B
・AKAI EWI 4000s
・Trapcode Suite
・Electribe(去年も買ったけど、自分の分)
・Macbook Pro
・GoPro
・ライカM3
・ReelSmartMotionBlur
・18-35mm F1.8 DC HSM
・ES-335
・アレ
なんかカメラ映像楽器関係ばっかりだな。
100万円もあれば全購入できてしまうものですが、それでもこうやって大事にする事が重要なのです。そもそも100万円も余裕のあるお金ありません。ください。
「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」
~ロバート・フルガム~
何でもみんな分け合うこと
ずるをしないこと
人をぶたないこと
使ったものはかならずもとのところに戻すこと
ちらかしたら自分で後片づけをすること
人のものに手を出さないこと
誰かを傷つけたら、ごめんなさい、と言うこと
食事の前には手を洗うこと
トイレに行ったらちゃんと水を流すこと
焼きたてのクッキーと冷たいミルクは体にいい
釣り合いの取れた生活をすること 毎日、少し勉強し少し考え、
少し絵を描き、歌い、踊り、遊び、そして、少し働くこと
毎日かならず昼寝をすること
おもてに出るときは車に気をつけ、手をつないで、
はなればなれにならないようにすること
不思議だな、と思う気持を大切にすること

2014


今年になりました。皆様改めて宜しくお願いいたします。年が明けたからと一念発起したり、浮かれて三日坊主で終わる事確定な決意などしないように心がけたいと思います。地に足の着いた、そして一歩だけ前に出る、常識ある大人としての生き方を。
と同時に、お正月くらいちょっと気を抜いて浮かれるような、メリハリがあり純朴な心持の大人でありたいとも思っております。