どういう思想かに関わらず、暴力について知識や体系を得ることは、国家にとって非常に不都合だ。
国民には、暴力を恐れ、無知性に感情的に、甘んじて受ける側に立っていてもらわないと困るのだ。
国家を壊すものはただ一つ、暴力なのだから、対抗して彼らは公認暴力装置を維持し続ける。
別に国家でなくとも、企業でも家庭でも、管理のある組織なら全部変わらないけどね。

僕と地縁のある伏木出身の文人、堀田善衛。幼い頃、僕はこの文人に会ったことがある・・・らしい。覚えてないけど。生家を訊ねたこともある。彼が、伏木の町を飛び出して中国、インド、そしてスペインへと、風来の日々を送り続けていた意味を改めて思う。そこでにじみ出る堀田の視点が、常に国府浜に立脚した海の姿からのずれ、ギャップから日本の太平洋を見、インド洋を見、スペインでは湾を眺めている。この小説の中で描かれているものは、全て伏木からの距離感、伏木との差異を起点にして世界を眺めている。僕はまさに、伏木を知るものとして世界を見ていきたい。堀田の歩んだ道をトレースしたい。伏木が根っこに有る文人達が登場してくれることを望みつつ・・・。