オペラ「魔笛」終演しました。

昨日はオペラ団体I Cantori本公演「魔笛」本番でした。

ひょんなことからオペラ団体に所属して3年。これまでにも「こうもり」「カルメン」「ドン・ジョバンニ」「メリーウィドウ」と様々な演目に立たせてもらいましたが、今回のスケール(大ホール)、登場人物、演目の難易度、様々な面で新たな世界を垣間見ることができました。

まずは何より「全く練習に出られなくてごめん」。こういう本番直前だけ出てきてちょっかいかける役回りが本当にめんどくさい輩だというのは承知しておりますすみませんすみませんこんな僕を舞台に乗せていただきありがとうございます。蛇その5、奴隷その4、信者その8楽しませていただきました。(番号は適当)

そして、小金井市に本拠地を置くオペラ団体イ・カントーリがこれにて5周年。
この数値の重みを、深く感じるのです。
奇しくも、僕が「彌榮制作」を立ち上げてからも5年、学校「BYND」も5年。5年前に産声をあげた様々な活動が、今も存続している。それも、どんどん大きくなりながら。
ここに至るまでにどれだけの軌跡があったものか、それは継続してきた人間にしかわからない。
オペラを演じることも、映像の学校も、僕は「文化の継承」という文脈で捉えて(それがどちらかに不遜になるかはさておき)同義と考えています。けして経済活動としてのみで成立する世界ではありません。そして、文化を継承する活動を5年続けるということの偉大さを、改めて噛みしめるのです。
(僕の個人事業だけはちーとも偉大ではありませんなんとか飯食べてきただけです)

また同時に、オペラと映像は、とても近い場所にあります。
僕の棲む映像という世界は「舞台」と「音楽」の子供です。すなわち、オペラの系譜に連なる末っ子としての立場をわきまえなければならないと感じています。
音大を出て、音楽に人生をかけた皆様の末席に参加させてもらいながら、僕は「母国に留学」をさせてもらっている心持ちにもなるのです。

舞台の幕が開ける、幕が降りるというのは、映像でいうRecを回した瞬間、止めた瞬間に該当します。同時に、クランクインからクランクアップまでを指し示しています。
幕が開いたら、誰も止めることができない。
Recが回ったら、気を抜くことができない。
そういった近似の部分が多々ある中で、自分のアンテナを精一杯振りしぼるのです。

舞台が進行する中で何が起きているのか、皆の意識が一体となり成功に導こうと努力するドラマ、それを自らがステージという場所に置いて、激流のような環境の中で実体験できるこの貴重さ。この感覚こそが僕のとても大好きな「祭り」の本質でもあるのです。

そう「祭り」。
1年準備をかけて、舞台を作り、あるひと時のために全力をかけて、何よりも「事故がないように」意識を尽くし、その上で皆様に喜んでもらえる世界を作り、また自らもヒリヒリとしたスポットライトを楽しみ、終わった後はまた丁寧に礼を尽くして片付けと次の準備と、心地よい酒を飲む。オペラも、映像も、祭りも、もっと言えば学校運営もラジオもVJも。

僕の棲む世界は、全てがこのワークフローで成り立っているのです。

様々な視点で、この世界の共通項を体感して、また差異を確認して、その素晴らしさを横展開してまた次の世代につなげていく。これこそが僕にできるただ一つの価値なのではないかと。

訳がわからなくなってきましたが、最後に何より、ありがとう!楽しかった!なるべく練習出るから許して!

僕の人生そのものがどんどんお祭りになってきました。これぞ僕の生きる意義。

お祭りも舞台も音楽も全て、洋の東西問わず古代から続く人間の系譜です。そこに100年前から映像も参加させていただいています。

人間、全てを取っ払えば最後に残るのは恋と酒と歌と踊りです。金?ビジネス?比較になりません。

僕は人の営み全てを、オペラと祭りと映像から教えてもらっています。あ、文学も仲間に入れてね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください