Eclectic

あ、東京での仕事決まりました。4月から東京で活動します。よろしゅう。



なんだか、思ったことをつらつらと



長いこと生きてると理屈じゃないものを理解し始めるよね。 何でだかわかんないけど、若いときにやっかんでたものを割と素直に受け入れるよう になるよね。人と人の繋がりしかり。自分や他人の弱さしかり。やっぱ、少しでも楽
に生きられる様に出来てるんだろうかね。精神構造って。





小沢健二が新曲出してたね。えらく久しぶりに。

昔結構好きだったんだけど、今回はどうかな?





 僕はオザケンをそれほど聞いてないし、雑誌の立ち読みとか、レンタルでちょびっ と聴いた曲とか、写真とかでしか知り得ないんだけど、基本的にオザケンの顔は好き
なのでそれだけで共感した気持ちになって言えば



 小沢健二って、天才のスタイル「飄々」を身につけてる人だと思うのね。すごくかっこいいと思う。

 彼は自分の思い通りになる範囲を知り得てるし、その範囲で十分遊べる人だし、守 るとか守られるとか、他人が介在しないと出来ない事にほとんど頼る必要のない人だ
と思うなぁ。自分で自分の満足を作り出せる人であって、すごく粋だと感じるよね。うん、天才だと思う。才能及び、その余裕のある生き方で。羽生とか武豊に通じる感じがする。

 例えば彼女なんかが居たらいたで「君の為に曲を作るよ」とか言って、確かにその彼女の為に真剣に曲を作って歌ったり、守ったりするとは思うし、心のよりどころにはなると思うんだけど、その心の反対側には「居なくなっても、すぐ心のバランスを取りなおせる」「他の女性に愛情意識転換にはそれほど時間がかからない」って言う自信が見え隠れするよね。要するに自分で自分の心のバランスを支えられる、言いかえれば余裕のある人。その辺が粋な部分でさ。オザケンに限って言えば他人の必要性、ってのはそれほど、つうか全く感じないなぁ。「あ、居るの?うん、好きにしてていいよ。」って感じで生きてると思う。そうなんだけど、必要とはしないんだけど、音楽を使って他人に語りかける。その気軽さ。煩わしく無さが、心地いいって言うか。



音楽にしろ文章にしろ、その人の正直な部分は大なり小なり見え隠れしてると思う よ。音楽が一番正直か、っていうとまたちょっと解らないけど。顔写真とかだけでも
結構その人の正体が解る気もするしね。でも、音楽から見えるその人の人間性って、 確かに間違い少ない気がする。不思議と。



  何となくオザケンの曲を聴いて、そう思いました。



 あ、でも新アルバム「Eclectic」はまだ聴いてません。ごめん。



※今日のReelinは友人とのメールのやり取りから抜粋してナマクラしました。ごめん。


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