卒業制作

自分が講師なんていう「恐れ多いにも程がある」大役をさせて頂いて。
それでも、これまでに僕が経験したことを伝えていくのは大人の役目とも思いながら。私塾の家庭に生まれ育ち、パソコンスクールの代表からWeb系学校の広報、先端系大学院のスタッフ、いろいろに役目を変えても、教育の現場を見続けている。並行して、気が付けば新卒時代からずっと映像の業界に携わり続けている。そのクロスする位置が今なのだ、と。

その中でいつだって、一番嬉しいのは卒業発表のときなのです。
Web系の学校に居たときはもちろん、中国語学校のスタッフであったときでも、卒業スピーチだけは休日でも顔を出したし、誰に言われなくてもカメラと映像で出来る限りのクオリティでその姿を残してきた。一言も発音が出来なかった入学者が、最後に中国語を朗々と語る姿の本当に素敵なことといったら。
そしてそれは、作品が残る形の学校であれば、なおさら。

僕が何かの形で伝達したことが、本人の情熱や才能と相まって、こういう形で卒業作品が世に出るのを、自分の子供の記録のように嬉しく思うんです。なんでだろね、自分で作品作るのとまた違って、感涙するんだよね。

BYNDビデオグラファークラス 卒業制作「トウキョウオノマトペ」ご覧下さい。
この作品が先陣を切って公開されましたが、その他のクラスメイトの作品も、素晴らしいものばかりです…。

WORKS|トウキョウオノマトペ | tokyo onomatopée

グラフィックデザインの100年

デザインの書物も「読むより実物を見ろ」派ですが、「歴史書類はたまに読め」とも思ってます。
その中で、最近刊行された中でも非常に面白かった一冊。学校でも飲み会でも持ち歩いてアピールしてるので、ご存知の方もいるかと思いますが…。

デザイン史と「何が影響を与えたのか」を考える際に、非常に解りやすくまとまっています。これは編集術の高さでしょうか。そして作品への敬意が明確。少しタイポグラフィとストリートデザインに寄っている気がしますが(アンチアカデミズム)、それはそれで他の書物とバランスを取れればいいだけの話で。
子供が近くに居たら、絵本と共にこういう書物をそばに置いてあげたいなぁ、と思う一冊…

http://mediamarker.net/u/taskyamamoto/?asin=4862462987

梅棹先生と勝負しようなんて気は更々ないけど、この方の言語興味は底知れない。マークピーターセン氏、千野栄一先生と並ぶ言語エッセイの名著。
何より、書いてる本人が「ほら!これ!面白いでしょ!」というノリでチベット語から朝鮮語バスク語ドイツ語クロアチア語その他あらゆる言語を楽しそうに語ってくる。
仕事で英語が必要とかそんな小さな話じゃない。言葉は最高に楽しいクリエイティブツールなのだ。

 

http://mediamarker.net/u/taskyamamoto/?asin=4004302056

これもその筋の名著。僕は先人の評価を元に書物を進めるスノッブマスターです。古人アマゾンレビュー信者と言っていただきたい。

先日小説を逆に模写したワークの元ネタがここです。本を読むよりまず描け、と言われそうですが、読んで描く。描いて読む。これが僕は一番楽しいのです。
言語に表徴される記号化への傾倒がいかに強力なものか。そこからゲシュタルト崩壊を意図的に発生させることで何が見えてくるのか。独創性とかオリジナリティとか言う前に、まずは自分を疑うのだ。そして自覚的にそのスイッチを切り替えることが出来るようになるのだ。

 

http://mediamarker.net/u/taskyamamoto/?asin=4309273742

月に一回30日ほどの修羅場がやってくる

毎回嵐は突然に。
昨日までへらへらして生きていたところに(それでも色々させてもらってましたが)突然嵐が舞い込んで来ました。短期間映像編集28コンテンツ分片っ端編集+学校に向けたフライヤーのデザイン作成+某制作会社のためのWebサイトデザイン。(明後日社長チェック)うむ。全部明日やる。コレを紙Web映像トライアスロンと言う。これにアプリ開発とCGが絡んだら5種競技である。
そしてその翌日は、BYNDでの授業だ!どこまでも負けてられぬ。
そして本格的に若手が欲しい。

 

1222440711105781

記号論からの脱却

美大・芸大出身者なら皆経験しているトレーニングだと思いますが…僕は経験が無いもので。
最近、ベティエドワーズの著書を読んで、「小説を上下逆に書き写す」という実習をやってみました。
なんの役に立つか…そんなもん知りませんがな。楽しそうだったからです。

で、結果。これはすごい。やばい。ぱない。(若者言葉2回目)
自分の中で如何に言葉が記号としてこびりついているか。意味を捨てて図形、形として純粋に把握するのにどれだけ時間が掛かるか。見開き2ページやっても多分出来てない。1ページ目を終わった段階で、少し変わった程度(変化が文字に現れました。これがまた衝撃)。意図的にゲシュタルト崩壊を起こさせる強烈なトレーニングです。見開き2ページに足掛け3日掛かりました。

1・はじめ1ページは苦痛。何がなんだかわからない。
2・頭痛い。
3・2ページ目に入ったあたりで、ようやく形としての「線と塗り」がうすぼんやりと見えてくる。
4・頭が割れるように痛い。
5・見開き終わる辺りになってようやく、「漢字と言うブロック」ではなく全体の位置関係が見えてくる。
6・疲れた。寝ます。

やってみないとこれはわからない。「だまされたと思ってやってみる」ことの有効性。実践力の強みを改めて感じました。僕の「とりあえずだまされてみて何でもやってみる」性格は楽しい道具になってます。今のところ。

1221819417834577

1221819651167887

この歳になっても、何も変わらないし、変わる気すらないよ。

42才。僕は11月に誕生した。
言ってみても若々しさも何もない。気がつけば芥川龍之介より太宰治よりジョンコルトレーンよりカフカより長生きしてしまった。僕はこの世に何を残せるのか。
なんて事はさておき、皆様本当にありがとうございます。

この1年振り返って。
もう、この一言に尽きる。
め ちゃ め ちゃ 生 き る の が 楽 し い 。

ちょうど昨年のこの時期にフリーに転進したのだけれど、こんなに楽しいものだったのかと改めて振り返りました。会う方見る方全てに「良い顔になった」「すごく幸せそう」「だけどはげ」と言われました。41歳は皆様と共に楽しませていただきました。ロサンゼルスも行きました・体重は8kg減り、髪の毛は500g増え(当社比)、信頼置ける新しい仲間、旧知の仲間が増え、次から次へと僕の限界点を超えさせてくれる依頼が舞い込んで来る。それを「バチコンかまして」「かっけーのにして」生み出していく仕事の崇高さよ。そしてやりたいことをしまくって、したくないことを嫁に任せて(略)、それだけでなく、創業してからは後輩達の育成や県・市といった公共の場所に力を提供することも増えてきた。少しは親孝行できて、趣味の時間もあり、家族円満、懐もちょっとは潤い(異論あり)、若い人達とも遊んで、健康で、…後何を贅沢言えば良いのかと。(来年どうなってるか解らんというリスクあり。そんなもん勤め人でも変わら略)

そりゃトラブルや泣くことやハードなこともたっくさんあったけど、それも楽しい傷のうち。死にはしないのだ。

そして42歳。もっともっと楽しくなることは必定。もっと頑張るよ。もっと楽しむよ。
明日からは僕が主任講師を努めるデザインの授業もスタートします。また新しい方と会うのが楽しみです。

今朝は山に登って、11月6日の朝日を拝んでまいりました。
その後はケーキを買ってきて、夫婦で卓パーティ。
そんななか僕は懐からチョコレートを取り出した。コレは自慢(Facebookは自慢合戦の場所なのでコレでよい)なのだが、うら若き25にも満たない後輩の女子から頂いたチョコレート。オッサンとしては家宝にしなければ(もう食べたけど)。さらには生姜湯。いかつい態で生姜湯。これもありがたい。
ああ、みんなに愛していただいているなぁ、と。今年もこの世という僕の遊び場を僕特権で広げて進んでまいります。皆様よろしく!

広げる限りは生きていける。楽しまなくなった瞬間に、死ぬ。それがフリーランス、遊民の悲喜です。

1219703834712802

1219703838046135

1219703841379468

1219703844712801

1219703848046134

 

TECC

さあ申し込んでしまった(3年連続3回目出場)。中国語コミュニケーション検定。締め切りまでモチャモチャしてたけど、ぐうたらな僕は金払って試験でも受けない限りちゃんと勉強しないので、踏ん切って申し込みました。
一応今年の目標には入れてたしね。

父も60越えてITパスポート合格したり情報工学学んだり統計学検定を受けたりしてるし、弟も今秋、専門職の試験に合格してる。負けるわけにはいかない。仕事や利益など関係なく、生きる限り知を楽しむものなのだ。

 

1218107721539080